B_Otaku のクルマ日記

放射能関連データ (http://atmc.jpへリンク)



2013年4月16〜30日

2013/4/30(Tue)
1960年代の習い事

今から半世紀前の子どもたちの習い事を思い出してみると、女の子の場合は圧倒的にピアノだった。なぜ女の子かといえば、当時は未だ戦前の感覚が残っていて、音楽なんぞは男子たるもののヤルものではない、という風潮だったから、男のくせにピアノなんかありやがって、なんて虐めの対象になって、お稽古の帰りなんかは同級生の悪ガキが待ち伏せていて「わーい、ピアノなんか習いやがって、おまえオンナか。チ○ボ付いてねえんじゃねえか?」なんてやられるから途中で辞めてしまう場合が多かった。

それに普通の男の子の感覚ならば、待ちに待った放課後の楽しい時間には悪ガキ仲間と近所の空き地で野球(といっても軟式テニスのボールを使った三角ベースで、変則ルールの野球もどき)だったり、更には2B弾と銀玉戦争に明け暮れていたほうが、ピアノのレッスンよりもナンボ楽しいか、というモノだろう。

それで女の子の場合、誰でもピアノを習うかといえば、やはりある程度の生活レベルの家庭でないと難しかったが、逆に娘にピアノを習わせるということは親の経済力をアピールするには良いネタだった。50年前のピアノは一番易安いアップライドでも15万円くらいからだった記憶がある。これがヤマハ製となると最低でも20万円くらいで、普通車であるパブリカが36万円(千ドルカーといっいた)の時代にその半分以上もしたことになる。

となると、並の中産階級ではピアノを買うのは大変だし、何より置き場にも困るし、近所への騒音問題も関係してくる。言ってみれば高い、デカい、うるさい、の三重苦と言う訳だ。それでは、自宅での練習はどうしたかといえば、当時は先ず(リード)オルガンを買うのが普通だった。それどころか、学校でも当時は予算が不足していてピアノがまだ無いとか、低学年は音楽室ではなく教室で音楽の授業を行うためオルガンを使っていた。しかし、オルガンというのはピアノとの共通点が唯一鍵盤が付いているというくらいで、発音の機構は全く異なっているし、鍵盤のタッチだって全く違うわけだが、まあそうも言ってもいられなかった。そのオルガンは鍵盤を押すと圧縮した空気が流れてリードを振動させるという、言ってみればクラリネットなどの木管楽器に近い発音原理だった。ということは、常に圧搾空気を必要とするわけで、そのために当時のオルガンには大きなベダルが2つ付いていて、これを交互に踏むことで空気を貯めるために、鍵盤の操作以外に足で空気を圧縮する作業が必要だった。ところが、ある時点で電気オルガンというものが発売されて、これはモーターで空気を圧縮するので演奏中に足でパタパタやる必要がなくなり、演奏に集中することができるということで、大いに売れていたようだった。

そんな時代から半世紀たった現代の事情はどうかといえば、先ずは以前ほど女の子ならピアノを習う、という程でもないようだが、これには地域性もあるようで、それでも小学生(幼稚園も)の女子の習い事としては相変わらずメジャーなことに変わりはなさそうだ。それで、実際に自宅での練習はどうするかといえば、半世紀前に比べて庶民の暮らしも楽になったし、住宅事情も向上しているからピアノを買う率も上がったかといえば、ノー。昔は近所からピアノを練習する音が聞こえても、○○ちゃん頑張っているね、という愛情のある対応だったが、今の世の中では大して大きな音でもないのに、騒音だとかうるさいとか文句が出るから、むしろ状況は悪くなっているのではないか。

それとともに、技術の進歩で大きくて重くて音の大きい(しかも高い)ピアノに代わって、電子ピアノやらシンセサイザーなどである程度の代用が出来る時代となっている。更にはピアノ自体にメカ的に弦を叩かないようにして、その代わりに電子音を発生させてヘッドホンで聞きながら練習するという、サイレントピアノと呼ばれるタイプも発売されている。これはサイレント機構をオフにすれば普通にピアノとして動作するから、昼間はアコースティクピアノで夜は電子音を使う、という使い方が出来るので、特別な防音室を持たなくても夜中でも練習が可能となった、という優れものだが、ピアノプラスサイレント機構だから、本物のピアノよりも高価となる。

ここで、今現在のピアノの価格を調べてみたらば、一番安いモデルでも40万円であり、写真のヤマハb113の場合はサイレント機構を付けたb113SG2というモデルがあり、実売価格は56万円と通常モデルよりも16万円も高い。

う~ん、お父さんとしては56万円也があったらば、次のクルマ買い替え時の資金にしたいところだが、可愛い娘(もしくは息子)のために、涙をのんでピアノの購入に至るという訳だ。じょ、冗談じゃあない。小学生のガキに数十万円のピアノを買うなんて、頭おかしいのと違うか? なんていう気迫のオトウサンのためにも、ここは一つ電子式ピアノの現状を調べてみることにするが、今日はここまで。





2013/4/29(Mon)
おおっ、カッコいい!

ポルシェディーラーの前に何気なく止まっていた下の写真のクルマを見た瞬間にあまりのかっこ良さで身震いがした、といってもオーバーでは無いくらいのスタイルだった。

リアから見ても実に良い。

赤いキャリパーは”S”の証。

リアビューでは丸い2本出しの排気管が目に付く。

もう、バレバレだったけれど、そう、新型(981)ケイマンSです。

こうなると911、特にカレラのベースモデルは微妙な立場になりそうだ。





2013/4/28(Sun)
ニッサン GT-R その後<3>

今回もインテリアの紹介を続ける。

インパネは初期型と大きく違う点は見当たらない。

センタークラスターはドライバー側に向いている。 下段のCVDのインサートスリットと比べると傾斜がよく判るだろう。

センタークラスター最上部のディスプレィには各種情報を切り替え表示できるのは前記型と同様だが、それにしてもメーターを表示すれば如何にもデジタルでの映像丸出しで、ここは一見メカ式計器と見紛うくらい、とはお世辞にも言えない。

センタークラスターがカーボンパネルなのはフォートラックバックの特別装備。

センターコンソール上にはDCTセレクターと、その手前にはエンジンスタートボタンある。セレクターはジグザグゲートだが、妙にシンプルに感じる。

  

マニュアルシフト用のパドルスイッチはガッシリとしたレバーを使っているのは、ゼロヨン3秒前半の性能を考えれば当然でもある。

メーター類は特にGT‐Rらしさというのは感じられない。初期型の180q/hフルスケールという漫画みたいな状況から340q/hに変更となっていた。

当然ながらアルミペダルが使用されている。

と、ここまで現行のGT-Rを見てきたが、何しろ対象車がオプションパッケージ装着車だったことから、特にインテリアの雰囲気は標準グレードとは大分違うのを考慮願いたい。なお、http://www.nissan.co.jp/GT-R/trackpack.html

それにしても、最近は泣かず飛ばずで、まあR34 GT-Rなども末期は全く不人気だったから、今回も想定内ということろだが、5年で忘れ去られるのも如何かと‥‥。




2013/4/26(Fri)
ニッサン GT-R その後<2>

今回はGT-Rのインテリアを紹介する。

先ずはドアを開けてみると3色のシートが目に付くが、これはオプションのフォートラックパック(For TRACK PACK)専用のハイグリップタイプのハケットシートのためだ。

下の写真の後席はリアシートレス(オプション)のために、後席スペースはラッゲージスペースとなっている。

フォートラックパック専用シートの表皮はハイグリップタイプ本革/ファブリックコンビシートが装着されている。

サイドスカットルプレートは当然ながらGT‐Rのエンブレムが付いていて、更に専用のフロアーマットにも同じエンブレムが付いている。この純正マットは一体いくらするのだろうか?

ドアのインナートリムもレザーとステッチが目に入るが、実際に触ってみると内部にはウレタンパッドが入っているらしく結構柔らかい。

インパネ右端は実にあっさりとしているが、やはりレザーとステッチが目立つ。

  

ここまでのところはGT-Rのスパルタンなイメージとはちょっと違い、結構高級志向なのはやはり一千万円近い価格に相応しい内容になるよう改良されたのだろうか。少なくとも発売時に見た時は、これ程高級ではなかったような気がするが、気のせいか?




2013/4/24(Wed)
ニッサン GT-R その後

2007年の東京モーターショーで正式に発表されたニッサンGT-Rは、一般のマスコミまでも大騒ぎするし、特にクルマに興味がない普通の人にまでモーターショーの話題を独り占めし、同時期に発表されたレクサスIS-Fを影の薄い存在にすらしてしまった。そして、翌年の4月にはドイツのニュルブルクリンク北コースで7分29秒3という市販車最速タイムを記録したとして大々的な宣伝も行なっていた。これに対してポルシェより異議が付いたり、その後はシボレー コルベットやダッジ バイパーによる記録の更新など、ニュルのタイムに関しては大いに盛りあったものだった。

あれから5年が経過して、あれほどの大騒ぎをしたGT‐Rも、今では殆ど忘れ去られようとしている。ニッサンがライバルとしていたポルシェ911はフルモデルチェンジされて、カレラを皮切に順次バリエーション展開が進んでいるから、ターボがラインナップされるのも時間の問題だろう。これに対して、GT‐Rがフルチェンジするという噂は全くないし、実際にこの程度の販売台数では早期のモデルチェンジも不可能だろう。

と、まあ、ニッサンファンが聴いたら怒りまくりそうな事を書いてみたが、GT‐Rは日本車には珍しく毎年の改良がなされてきたようで、それならと今回は発売後5年が経過した最新(2012年1月改良)のGT‐Rを写真で紹介してみる。なお、写真のクルマはピュアアディション(ベースモデル857.7万円)に対して79万円高い フォートラックバック(For TRACK PACK 936.6万円)というモデルである。

全長4,670o × 全幅1,895oという巨体は、フェアレディZやスカイラインクーペと比べると圧倒的にデカいし、1,370oという全高(ベースモデルの場合)も超高性能車としてはちょっと高過ぎる。因みにポルシェ カレラ4S(991)の全高は1,300oで、フェラーリ 430 スクーデリアに至ってはは1,199oしかない。

高性能車の証であるフロントフェンダーサイドのエアアウトレットとリアから覗く4本出しの排気管は当然ながら装備している。

  

エンジンは3.8L V6 DOHC ターボのVR38DETTで最高出力550ps/6,400rpm、最大トルク64.5kg-m/5,800rpmを発生し、これは5年前の初期型(480ps/6,400rpm 60.0kg-m/5,200)に対してパワーが+70ps、トルクは+4.5kg‐mと増強されている。

ベースグレード(ピュアエディション)の標準タイヤはFront 255/40ZRF20 Rear 285/35ZFR20で、写真のピュアアディション フォートラックバックも同じサイスとなっている。ブレーキキャリパーはブレンボよりOEM供給されているアルミ対向ピストンで、フロントが6ポット、リアが4ポットというもので、これはポルシェ911ターボ並の容量だ。って、動力性能が同程度なのだから制動だって同等で当たり前だが。

次回はインテリアの紹介を予定している。




2013/4/23(Tue)
パソコン今昔<2>

さて、前回話しに出たNECの初期のパソコンであるPC8001について少し詳しく書いてみよう。前回価格が約17万円と書いたがそれは本体のみの価格で、その本体とはキーボードと一体になっていた。そして、これにディスプレイを組み合わさないと何も出来ないので、NECの専用ディスプレイが確か10万円くらいしたと記憶している。番組も映らない15インチのテレビが何でそんなに高いんだ、と思った覚えがある。

ところで、PC8001と専用ディスプレイを買ったとして何が出来るかといえば、ハードだけ買ったわけだから何も出来ない。というか、出来るのは自分でプログラムを作るか、誰かの作ったものをロードするのだが、その為の記憶装置は何とオーディオ用カセットであり、通信速度は300bps。三百って? そうです毎秒300ビットです。最近の光通信などは100Mビットとか言っている時代と比べると気が遠くなるような天文学的低性能!

結局カセットではやってられない、ということで5インチの通称ミニフロッピーディスク(FD)が欲しくなるが、これが2連で30万円くらいだった。更に、色々なものを繋げるには本体を拡張せねばならなくて、この拡張ユニットという箱が15万円だった記憶がある。ということは、ここまで所有するには既に75万円も投資したわけで、更にプリンターが15万円で合計90万円と、ナンダカンダで100万円コースだった。右の写真で言うと右端が2連のFDドライブで、ディスプレイの下に乗っているのが拡張ユニット(これがないとFDに繋げられない)で、手前のキーボードがデカいのは本体も入っているからで、17万円也で買えるのはこの部分のみ。左はプリンターで約15万円だから、写真のシステムを揃えると前述の100万円コースとなる。

そのPC8001の仕様はといえばCPUがZ80‐A互換のNEC製μPD780-1でクロックは4MHz(G HzではなくM Hz!)、メモリーはRAMが標準装備16KB、最大32KB(これもGBではなく、KB!)で、ROMが標準24KBで、この中にOS(と言えるか微妙だが)などのシステムが入っている。スイッチを入れるとROM内のシステム・プログラムなので立ち上がりは速い。グラフィックは160x100ドットで8色と、これまた最近のパソコンの常識から言えば恐るべき低性能だが、当時はカラーのグラフィックがこの値段で使えるというのは画期的だった。何しろこの当時はバカ高い大型機の端末だってグリーンのモノクロだった時代で、カラーなんて凄いの一言だったが、カラーについては先発のアップル製が当時としてはダントツだった。

そして30万円なりのフロッピードライブ(FD)を付けると5インチFD1枚で最大1.4MB記録できたが、5インチFDの両面倍密度タイプは1枚2,000円くらいした。これまた今の常識からすれば大笑いだけど、当時初めてFDドライブを購入して動かした時の感動は凄いもので、今までカセットテープでピービロビロビーと10分もかかったプログラムのロードが数秒で出来るという、もう別世界の性能に感じたものだった。このカセットテープによる外部記憶の転送速度は毎秒300ビットだから言い換えれば毎秒37バイトであり、1000バイト、すなわち1000文字を転送するには計算上は27秒で、実際には最初にシステムのやり取りがあるので、感覚的には約1分くらいに感じたものだ。これが10KBだったら10分コースとなる訳で、途中で読み取りエラーで止まったら泣きながら再度読み込む必要があった。

その後NECは16ビット時代でも先頭を走っていて、パソコン=NECという感じだったが、いつの間にやらシェアーが下がって、今では鳴かず飛ばずの状況というのは、IT産業の厳しさがよく現れている。




2013/4/22(Mon)
パソコン今昔

今から33年程前の1979年といえば、クラウンなら6代目のS110系が発売されたころで、それに比べればナンダカンダ言ったって現行クラウンを見れば時代とともに大いに進化したことが判る。
しか〜し、そんなことで驚いてはいけない。この年発売されたパソコンはNECのPC8001で、これは創成期のパソコンとして不滅の名作と言われたものだが、当時の価格は本体が16万くらいだったろうか。現在のパソコンに比べて性能はといえば、その差は大変なもので、クルマで言えばその性能の進歩は、PC8001が原付バイク程度、いやそれ以下かもしれない。

 

マイクロプロセッサー自体は4ビットの4004がインテルで製造されたのが1971年頃だったが、流石に4ビットではコンピュータらしきものは出来ないが、翌1972年には既に8ビットの8008が発表されている。その8008の改良型が8080で発表は1974年、これらは80系と呼ばれていた。その後ザイログ社からは8080と命令形が共通なZ80というMPUが発表され、その後の第一次パソコン(当時はマイコンと呼んだ)ブームにつながっていったわけだが、PC8001以前にも米国製のアップル、TRD、PET(コモドール)という御三家が、日本でもボチボチ売られていた。また、NECではキット形式のワンボードコンピュータという、今で言うマザーボードのみを組み立てキットとして発売していて、これはマニアが拡張してメモリーを増加したり、キーボードやテレビに繋ぐなどして使っていたが、これは可成りの専門知識が必要で、とても普通の市民が手を出すものではなかった。

そんな時に発売されたPC8001は米国製のPETなどが30万円くらいしたころに本体が17万で販売されて、しかもカラーディスプレイ(別売)を繋げて米国製が1行40字だったディスプレイの表示が80文字の表示ができるというのも画期的だった。まあ17万といっても最小限ディスプレイは必要だから、カラーの高密度ディスプレイを組み合わせればやはり30万円コースだったのだが、それでも性能的には米国御三家なんて話にならない、というくらいに進んでいた。なおパソコンという呼名はNECがPC8001に対して使用したことが始まりと言われている。だいだい、パーソナルコンピューターの略ならばパーコンが本来だろう、という意見も当時あったが、パーコンでは頭(CPU)がパー(低能力)なコンピュータと思われてしまって、イメージが悪いということでパソコンと呼ぶようになったとか。

次回はPC8001の性能をもう少し詳細に調べて、現代のパソコンと比べてみよう。




2013/4/21(Sun)
馬力とトルクの単位

クルマ(エンジン)の出力の単位といえばps、そしてトルクといえばkg・mが思い浮かぶが、海外のサイトでは出力はkW、トルクはN・mが使われている。そして、これらは国内でもカッコ付きで併記されている。まあ、kWというのは電気関係では以前から使われているからそれ程の違和感はないが、N(ニュートン)については、一般的にはあまり使われてないから、何となく馴染めないだろう。

WやNというのはSI単位系、もしくは国際単位系と呼ばれるもので、メートル法を基準としているが、メートル法の後継として国際的に定めた単位系で、世界中がこのSI単位系を使うことになっている。とはいえ、行き成りの変更も混乱が起きるので、移行期間を経た後に既に全面的に移行が済んだ筈なのだが、実際にクルマのカタログを見れば旧単位も併記してあるのは、ユーザーが混乱しないようにとの配慮であろう。 下の例はトヨタの場合だがちゃあんとSI系を主として、メートル標記は括弧内となっている。まあ、ユーザーに「これ、パワーどのくらい?」と聞かれた時に「3.5は232kWもありますよ」なんて言っても理解されないだろう。

このSI単位系のなかで、基本となるSI基本単位というのが、時間 s(秒)、長さ m(メートル)、質量 kg(キログラム)、電流 A(アンペア)、熱力学温度 K(ケルビン)、物質量mol (モル)、光度 cd(カンデラ) となっている。そして、このSI基本単位を元にSI組立単位というのが決められていて、力の単位N(ニュートン)はN = m・kg・s-2であり、仕事率の単位W(ワット)はW = m2・kg・s-3となる。

えっ、さっぱり判らない? ですよねぇ。
これらは重力加速度を考慮しているので、換算するには1kg=9.804N・mとなり、要するに重力加速度を掛ければ良いわけで、重力加速度が9.8だということは多くの人が知っていることなので、そんなものだと思えば良いし、感覚的にはカタログ値がSI系の表示、すなわちN・mだったらば、10で割れば概略値となる。例えば、上の写真の例では377N・mは概略38kg・mと換算できる。ところで、上の標記例ではkg・mではなkgf・mとなっているが、このkgf(キログラム・フォース)というのはsの重さに相当する力という意味で、この標記が本来正解なのだが、こうなると増々混乱してしまうから、sの方が一般には解りやすいと思う。




2013/4/19(Fri)
日本車の黄金時代<2>

前回はスカイラインGT-RやミツビシGTOなどの280psフラッグシップモデルを紹介したが、今回は前回紹介しきれなかった一つ下のモデルについてまとめてみる。

先ずはフラッグシップモデルとしての性能で国産車の最高峰の一つだったが、前回は漏れてしまったのがマツダRX-7(FC-3S)で、シーケンシャルツインターボで過給された13B型ロータリーエンジンは最終型では280psを発生していた。

手頃な価格のFRクーペと言えばニッサンシルビアが思う浮かぶが、1990年頃といえばシルビアはS13であり姉妹モデルには180SXがあった。このS13は本来本格的な走り屋用というよりもデートカー的な存在として発売されていたが、そのトップモデルの動力性能とFRによるハンドリングはいつの間にか走り屋御用達車の代名詞的になってしまった。

そしてトヨタといえばセリカが該当しそうで、ラリー車ベースの高性能モデルGT-FOURをラインナップしていた。このラリー車のベースモデルという意味では、今回取り上げられなかったミツビシ ランサーエボリューションとスバル インプレッサWXR STIがある。

もう一台、トヨタにはミッドシップエンジンの2シータースポーツであるMR2があった事も忘れてはいけない。ミッドシップエンジン車はFF用のエンジンとミッションをそのまま180°回転させることで成立するということから、意外にもFRより金が掛からなかったりする。

ここで4車について発売当時のスペックを比較して見る。

今回の4車も現在では新型が途絶えてしまったのは寂しい限りだが、このクラスでは昨年86(BRZ)が発売されて不毛地帯に僅かな光が挿してきた。ニッサンがシルビアを復活させようとしているという噂もあることから、今後少しはこの手のクルマも復活するのだろうか。




2013/4/18(Thu)
Scion tC (2014)

Scion(サイオン)はトヨタが北米で展開する若者向けのブランドであり、そのラインナップも日本で言えばBbとかiQとかの低価格車が主体となっているが、昨年からは86の米国向けであるFR-Sがサイオンブランドで販売されており、言ってみればサイオンのフラッグシップというところだろうか。

そのサイオンブランドで以前から販売されていた小型FFスポーツクーペがサイオン tCであり、日本では絶滅してしまった小型クーペという分野であることから、一部のマニアは日本での販売を望んでいるが未だ実現されていない。

tCはサイオンの40%を占める人気車であり、その新型が2013年のニューヨークショーでワールドプレミアされた。スタイルはフロントエアインテイクなどFR-Sをイメージするような2ドアクーペとして、まさにFR‐Sに手が出ない若者向けとして打って付けだ。

エンジンは4気筒2.5L 179ps/6,000prmで、6MTもしくは6ATが設定される。サスはスタビライザーとダンパーを最適化して、ボディはスポツト溶接を増すことで剛性をアップし、よりレスポンスに優れる電子式パワーステアリングも装備しているというから、FFとはいえ結構走りに振っているという感じだ。

インテリアでは非高級ブランドとして初のタッチスイッチ式オーディオの標準装備など大幅にIT化されているという。

米国では6月から発売されるという。なお、これらのオリジナル記事を参照したい場合は

  http://www.netcarshow.com/scion/2014-tc/

それにしても、86が実質300万円級であり、結局若者が簡単に買える金額ではない現実では、このtCを日本で発売すれば、すぐに買いたい若者も結構いるだろうに‥‥。試しに限定販売してみたらどうでしょうかねぇ、豊田社長!




2013/4/17(Wed)
日本車の黄金時代

長引く不況で若者は大学を卒業しても就職が無い、という経済状況に追い打ちをかけるように2年前の東日本大震災、そして未だ収束の目処すら立たない福島第一原発の事故など、何とも暗い話題しか無い日本だが、今から23年程前までの日本はバブル経済真っ盛りで、この世の春を謳歌していたものだった。勿論当時のクルマだって元気いっぱいで、各社からはこれでもかとばかりの超高性能車がフラッグシップモデルとして登場したのもこの頃だった。

先ず第一に思い浮かぶのがスカイラインGT-RでいわゆるR32 GT-R。このクルマは当時何千万円もするスーパーカー顔負けの動力性能を誇っていて、しかも価格は400万円台だったから、外車なんて買う奴はアホだという主張を正当化するという、貧乏なマニアのヒーローとなったクルマだった。

GT-Rがスカイラインというセダンベースだったのに比べると、翌年ホンダより発売されたNSXはミッドシップエンジンという、フェラーリやランボルギーニ等のスーパーカーカテゴリーともいえるくるまだった。そして、他車がターボによる過給で高出力を得ているのに対して、NSXはホンダ得意の高回転型自然吸気エンジンという王道を行っていたのだが、排気量が3Lというのはちょっと辛いものがあった。

上記2車に対しての三菱の回答はといえば、ディアマンテのシャーシーを元にエンジンをターボでチューンして、これにスーパーカー風のボディを被せるという言ってみれば安易な方法だが、そのメリットとして性能(直線加速)の割りには価格が低く抑えられていた。しかし、乗用車ベースのフロントエンジどころかFF車をベースに4WD化して、リアフェンダー前端にはダミーのエアインテイクまで装着して一見ミッドエンジンの風の、言ってみればナンチャってスーパーカーという前代未聞の分野を切り開いた記念すべきクルマでもある。ここまでやられると逆に好感を持ったりして、正直言って個人的には、このクルマのバカバカしさが結構好きだ。赤のGTOが恵比寿の裏道なんかに路駐していると、一瞬ファラーリーと間違えるくらいだ。まあ、あの辺りは本当に355の路駐なんて見ることも珍しくなかったが‥‥。

ニッサン、ホンダ、そしてミツビシがバブルに浮かれて高性能車を発売していた頃、トヨタはといえば、得意の後出しジャンケンでスープラを3年遅れでFMCしたが、時は既にバブル崩壊へ向かっていたということで大した成功は無かったものの、その後も改良を加えながら約10年ほど後の2002年まで生産されていた。

ここで4車について発売当時のスペックを比較して見る。

最高出力は280psに横並びだったのは規制により、それ以上のパワーが認められなかったというアホな時代だったからで、実は同じ280psのカタログデーターでも実際のパワーには各車で差があったようだ。すなわち、R32 GT-Rのようにチューニングのためのベース車と言うべき性格で、金を掛ければ幾らでもパワーアップの余地があったクルマと、必死になって何とか280psを絞り出したクルマもカタログ標記は同じ280psだった。しかし、素人向けのクルマならばカタログデーターが同じなら同じとユーザーは見るが、これだけマニア向けとなればカタロク出力は建て前で実馬力は口コミで伝わるから、表示が280psに抑えられてもそれ程実害は無かったのもまた事実だ。

それにしても夢があって良い時代だったのに、一夜にしてバブルは崩壊し、それ以後今まで低迷したまま抜け出せないのはどうしたものか。




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