Porsche 718 Boxster (2016/12) 後編 1


  

例によって一般的なサルーンなどと比べれば極端に低いドライバーズシートに乗り込むと、そこはお馴染みのポルシェの世界で、先代というよりも事実上は前期モデルの 981 と殆ど違いが無いし、数百万円以上も価格差が有る 911 とも共通点は多い。とはいえ 911 のように激狭とはいえリアシートがあるのと違い、シートのバックレストの数センチ先はエンジンとの隔壁となる点が大いに異なるのも何時ものとおりだ (写真30)。

エンジンの始動は本来ダッシュボード上のキーホールに電子キーを差し込んで撚るのがポルシェ流だが、試乗車にはこれまた偶に見かけるオプションのスイッチ、というかキーを入れたままにしたようなセンスの悪いヤツが付いていた。このスイッチを捻ると短いクランキングの後にエンジンは爆発的に目覚めた。アイドリング中はブルブルを車体を揺らす振動と共に背中の後ろからボロボロという排気音が聞こえている。この振動による緊張感は 997 カレラS以来のもので、なぜなら 991 への FMC でこのブルブルが無くなってしまったからだ。ただし振動自体もノイズ、もといサウンドも 997 のような如何にも精密そうなメカ音と6気筒の格調高い振動 (?) に比べれは、悪く言えば安っぽさを感じるし、良く言えばよりスポーティーとも言えないことは無いが、まあクルマ好きのアンちゃんからすれば「うっへー、カッコえー」という事になる。

コンソール上のAT セレクターは 前期型と同じだし 911 (991) とも同じものだ (写真32) 。更にパーキングブレーキスイッチもポルシェ各車に共通のモノだから、ポルシェに精通しているドライバーなら何も考えなくても操作できるだろう (写真31) 。


写真30
911と違いボクスターのバックレストの5p 後ろには隔壁がある。


写真31
イグニッションスイッチはオプションのレバー付でこれを撚る。ダッシュボードの底面に付いているパーキングブレーキスイッチは 718 と変わらない。


写真32
AT セレクターは 981 と変わらないが、勿論ベースプレートのロゴは “718“ となっている。
また911 とも基本的に共通となっている。

公道に出てハーフスロットルくらいで加速するが、それでも自然吸気の 987 とは全く異なり、兎に角トルクフルだ。これは 991 が自然吸気の Ph1 からダウンサイジングでターボ化された Ph2 となって低速域から劇的にパワフルになったことで、ボクスターも同様だろうとある程度の想定はしていたから 991 の時程の驚きは無かったが、それでも 981 ボクスターとはマルで違う。そこで 981 と 718 のエンジン特性を比べてみたのが下のグラフだ。

これを見ると1,500 rpm では 981 と変わらない 718 のトルクは、そこから急激に上昇し2,000rpm 弱 (スペックでは1,950rpm) で最大トルクの 380N-m を発生する。この回転数での 981 のトルクは255N-mくらいだから、 718 は1.5倍のトルクを発生している事になる。そして 718 は全域に渡っての圧倒的なトルク差だから、これは加速感が違って当然だ。この 718 の 380N-m というトルクは NA でいえば 3.5L クラスのものであり、事実水冷化された初期の 911 カレラの 3.6L 320ps, 370N-m とほぼ同等だ。しかも車両重量は718 が約60s 軽いから性能的には上回っているくらいであろう。すなわち 2016年のボクスターは 1998年のカレラの性能に追いついてしまったという事で、時代の進歩と共にやはり最新のポルシェは最良のポルシェという諺に間違いは無かった。

この強烈なトルクに気を良くしているうちに前車が脇道に逸れる気配を感じたので透かさず走行モードをSに切り替えて準備をする。718 のモード切替スイッチは 981 と異なりステアリングホイールに組み込まれていて、これは991 Ph2 と全く同じものだ (写真34) 。全車が完全に左折して前が空いたところで 5q/h くらいの微速状態からフルスロットルを踏むと‥‥んっ? 反応がない、と思った瞬間にドカンっと背中を蹴飛ばされたような衝撃を感じるた直後がらクルマは猛然とダッシュをしていった。あっという間に少しトルク感が衰えるのを感じる領域に入ったので、これぁマズいと思って右足を緩めてから速度計を見ると、あれっ? 思った程の速度では無い。実は帰りの首都高ではマニュアルモードでやってみたが、その時感じたのは強烈なトルクに衰えを感じる回転数が意外に低いのではないかという事実だった。そこで後ほど上記のグラフで調べたらば 4,500rpm 辺りからトルクが下降を始める事が判った。対する 981 は絶対的トルクは小さいものの、4,000rpm 辺りから逆にトルクがグングンと増して4,500rpm から6,400rpm という高回転域で最大トルクを維持している。だから、引っ張れば引っ張る程にグングンと加速していく如何にもスポーツエンジン的な気持ち良さを感じられるのだった。

まあこの辺は好みの問題もあるし、多くのユーザーは 718 の方に軍配を挙げるだろうが、一部のマニアにとっては回す程トルクが増えてこそポルシェだ、という事になる。ただし、実際にレッドゾーンまで回す度胸とスキルのあるドライバーというのは意外に少ないもので、ましてやそのテクニックに加えて下位モデルでも700万円という投資が出来るという2つの条件をクリアするとなると増々狭い世界となってしまう。まあ正直言って金持ちで本当に上手いドライバーっていうのは少数派というのが実感だ。付け加えれば運転の上手いドライバーは一般的に頭は良くなくて、というかクルマばっかり弄っていたから勉強を全然やっていないという事で、だから一流大学卒業で腕の良いドライバーなんてそれこそ貴重な存在だ。

ここで 718 と 981 のメーターを見ると一見すると殆ど変わらないように見える (写真35) が、よく見れば中央の大径回転計のフルスケールが 981 では 9,000rpm であったのに 718 では1,000rpm 低い 8,000rpmとなっている (写真36) 。その為にレッドゾーンの位置が少し違う事で、981 ならレッドゾーンに近い角度だと思っていると 718 ではもう少し先ということになる。ポルシェとしてはボトムクラスとはいえ一般的には充分すぎるほどの動力性能はフルスロットルを踏めばあっという間にレッドゾーンに向かっていくから、ドライバーは細かい回転計の数字など認識できる訳もなく、指針の角度でレッドソーンが近いていることを知るのだが、これがフルスケールの違いで感が狂ってしまうのだった。従って前述の目一杯引っ張った積りが意外に速度が伸びていないのは実はこれも一つの原因だったようだ。


写真33
ステアリングホイールには勿論立派なパドルスイッチが付いている。


写真34
コンソールからステアリングコラムに移動した走行モード切替スイッチは 991Ph2 と同じものだ。

写真35
基本的には 981 と変わらない 718 のメータークラスター。

写真36
ただし回転計のフルケースは718 のほうが1,000rpm 低い。

続きは後編2 にて。

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