NISSAN PINO 660S

PINO (ピノ)はニッサンがスズキからのOEM供給により販売する軽自動車で、 アルトのフロントグリルを変えてニッサン風の顔付にしたクルマだ。 アルトの価格帯は65.6万円(660VS、5MT)〜110.5万円(X 4WD)、これに対してピノは86.1万円(S 5MT)〜115.2万円(E FOUR 4WD) 、アルトと異なり低価格の業務用車種の設定がない。そして、今回試乗した車種は660S、3ATで価格は91.4万円。ATのピノとしては最廉価グレードであり売れ筋でもある。

廉価グレードとはいっても、シート表皮はモケット風だし、ドアの内張りにしても鉄板がむき出しということは無い。
室内の幅は十分あるが、シートは小ぶりで、大柄な男性なら太ももがシートからはみ出しそうになるし、バックレストも肩までの高さがなく、ヘッドレストを一杯に持ち上げる必要がある。 やはり、このクルマの想定ユーザーは主婦や若い女性であって、男性ユーザーというのは考えていないようだ。勿論、身長175cm級の男性でも特に窮屈とは感じないし、シートをいっぱいに下げれば運転に支障はない が。

リア のラッゲージルームも軽のハッチバックとしては標準的で、このクルマの用途である街乗りの買物クルマとしては十分のスペースを持つ。
それよりも写真に写った後席のバックレストを見ると、その薄さとヘッドレスト未装着という思想が安物との割り切りを感じるが、果たしてこれで良いのだろうか?



エンジンは K6A型、直列3気筒DOHC 658cc 最高出力 54ps/6500rpm 最大トルク 6.2kg・m/4000rpm
で、これはモコと全く同じ。
ボンネットを開けて見た瞬間には、モコと同じエンジンとは気が付かなかった。モコに比べてスッキリして見えるのは、プラスチックのインレット類がカバーの代わりとなって、エンジン本体を隠しているからだった。

91.4万円という価格を考慮すれば、内装自体は悪くなく、120万円級のコンパクトカーと比べても十分に太刀打ちできる。 勿論、ダッシュボートは硬質樹脂でパッドとしは使えないが、その点ではインプレッサやデミオだって同じだから特に文句を言う筋合いではない。
ステアリングホイールはコチコチの樹脂ではなく、ちゃあんと表面がウレタン製で、これは本家アルトでも全グレードに(70.35万円のベースグレードにも)標準設定されている。

センタークラスタには2DINのスペースがあるから、当然ナビを組み込むとも出来る。 90万円のクルマに20万円以上するナビを付けるユーザーがいるのか、との疑問もあるが、最近の若い世代は携帯とナビが無いと、何処にも行けないらしい。
標準装備のオーディオはFM/AMラジオ付CD付プレーヤー だから、近所の買い物用には十分過ぎるほどだ。2DINの下にはマニュアルエアコンの操作部がある。
試乗したグレードの変速機は今時珍しい3速ATで、セレクターはP→R→N→D→2→Lという、少し前までは一般的だった方式だ。 エアコンの調節機構も、ATセレクターも、構造的にはとっくに開発費の元を取ったような方式を採用しているのも、徹底したコストダウンのためだろう。

エンジンを掛けると、アイドリングでボディやステアリングに振動を感じる。今時アイドリング時にこれ程の振動があるクルマは、 知る限りではピノの他にはポルシェカレラくらいだろう。
以前試乗したモコは自然吸気のモデルだったために今回のピノと全く同じエンジンで、その動力性能は悲劇的だった。今回のピノは車両重量がモコの820kgに対して740kgと80kgも軽いが、モコが4速ATを搭載するのに対して、ピノは3速ATとなり、この辺がどう影響する かに興味が湧く。
今回のディーラーは片側2車線の国道バイパス沿いにあるので、乗り出すと行き成り速い流れに乗る必要がある。前回のモコに比べれは幾分加速性能が勝るような気がするが、勿論一級国道の速い流れについていくにはフルスロットルでの加速が必要となる。そして、このフル加速時の騒音はエンジン音とともに各種の補記類の音も混じり、更にはボディ全体の振動がフロアから足に 伝わるし、ステアリングからも手に伝わ ってくるから、言ってみれば体全体で振動を感じることになる。車両重量が740kgという軽量ボディを実現している秘密のひとつは、保温材や防音材を徹底して減らしたことにあるようだ。しかし、この音と振動は個人的には何やらスパルタンな雰囲気を感じて、決して不快ではなかったのが不思議だ。 そう、この騒音も贔屓目でいみればポルシェみたいだ、という言い訳も成り立つ。

国道から市道に入ると、路面の平坦度が一ランク落ちるから、ここでは乗り心地が硬くて振動を拾い易いことを感じる。この硬さはスポーツカーのそれではなく、小型トラック的な安っぽい硬さだが、91.4万円という価格を考えて、しかも毎日乗っていて慣れてしまえば、まあ我慢できる範囲でもある。
モコは動力性能が悲観的な割には、安定性という面では軽自動車の常識を覆すほどに良い結果だったが、ピノはどうだろうか?と、考えながら何時もニッサン車の試乗に使うコースのカーブが近づいてきたので40km/h程度まで速度を落としたが、それでも不安な挙動を感じたために、更に減速してこーナーに入ってみると、 それでもクルマは外側に向かおうとする。コーナー入り口でドアンダーを感じた時、ブレーキを使ってフロントに荷重を移して・・・なんて一瞬考えたが、対角ロールでも起こされたら冷や汗では済まないかも、なんて考えが脳裏に浮かんできた。幸い速度が低かったのでステアリングを切り増して曲がったが、それにしても 旋回性能は乗用車として最低にランクされるのは間違いない。

ピノのブレーキは遊びが多く、ペダルはグーッと奥まで入っていくが、ある程度からはストロークもそれ程大きくはなく、まあまあの剛性感となる。 この長い遊びを過ぎてからの効きは、カックンブレーキで、チョッと踏んでもガクッと効く。というと、BMWに代表されるようなパッドミューの高いブレーキを想像するが、ピノの場合はもっと低次元のカックンで、BMW の場合は慣れたドライバーが軽く踏めば、微妙な調整が出来るのに対して、ピノはそーっと踏んでもガツッと喰い付くような、”正統派のカックン特性”で、何やら昔のトラックを思い出す。


スズキの軽自動車といえば、下回りの防錆処理がほとんど考えられていないことから、条件が悪いとたちどころに錆びてしまうというのが世間での評判だ。そこで前回試乗したモコの時はタイヤハウス内などを良く観察して、成る程これではチョッとした石跳ねで傷は付くだろうし、凍結防止剤(塩化カルシウム、通称エンカル)など喰らったら、あっという間に錆びてしまうのは目に みえていると納得したものだった。そこで、今回のピノは?モコより安いのだから、当然といえば当然で、まあ写真をご覧 あれ。比較として同じニッサンブランドのデュアリスの例と比較してみれば理解できるだろう。

前回のモコでは操舵性やコーリング、安定性、乗り心地などが予想に反して結構マトモであったが、 何よりも動力性能が悪すぎた。 そして今回のモコは動力性能ではモコに比べて車重が軽い分だけ少しはマシだったが、防音対策をケチった分だけ音も振動も更に豪快に車内に伝わってきた。しかも、モコでは感心した安定性もピノの場合は危険の一歩手前ともいえる程で、これはもう実用ギリギリというところだった。地獄の沙汰も金次第とは、正にこの ような軽自動車の事かもしれない、なんて言いたくなるのは、あと約15万円を出せば、少なくとも安定性では大いに勝るモコ(660S、価格は105.8万円)が買えるからだ。
更にはマーチ12S(119万円)ならば、動力性能も安定性も、そして静粛性も・・・・・・と言いたい気持ちを今回はジッと堪えることにしよう。軽には軽なりの良さもあるということで。
注記:この試乗記は2007年12月現在の内容です。