BMW M5 慣らし運転編 (2005/11/12) 前編


一見ソクッリな5シリーズMspと比べても、本物のオーラが漂う独特の迫力がある。

自他共に認めるクルマ好きの俺は、その日も愛車のエボVを駆って獲物を探していた。そんな時に遥か前方に見えたのはリアの形状から言ってBMWだろうか。シフトダウンをしてから、即座にスロットルに力を入れたら、前方のBMWはあっという間に迫って来た。流石はエボだ!中古とは言え乗り出し200万は俺の稼ぎからしたら可也きつかったが、この性能を満喫できるとなれば我慢もできる。前を行くBMWなんて幾らするんだろうか?聞くところによるとショボイ4発の遅いクルマでさえ400万円もするそうだ。400万円もあったら夢にまで見た新車のエボ\が買えるじゃないか。全くクルマを知らないヤツってぇのは可哀そうなもんだ。
そんな事を考えながら、俺は前を走るBMWにピッタリと鼻先をつけて、対向車の切れるタイミングを伺っていた。良く見れば前の車は結構デカイ。クラウンよりも一回りはデカイだろう。こんなクルマに、どうせ200馬力以下のショボイエンジン載せてんだろうなんて思うと、笑いが込み上げてくる。いよいよ対向車線の流れが切れた。俺は更にシフトダウンをした。何ていうカッコ良いエンジン音なんだ!全く痺れるぜ。いよいよ、待っていた瞬間がきた。俺は一気にスロットルを踏む右足に力を込めた。
とっ、前のBMWが行き成り凄まじい勢いで加速を始めた。そんなバカなっ!俺も慌ててフルスロットルを踏んだが、追いつけない。いや、それどどころか離れていくではないか。しかも、世界一カッコ良いと思っていた俺のエボのエンジン音をかき消すように、甲高いエクゾーストノートを響かせている。こんな音は聞いた事がない。いや、待てよ。テレビで見たF1があんな音を出していたのを思い出した。それに、今気が付いたが、BMWのリアバンパー下からは太い4本の排気管が覗いているし、トランクの上にさり気なく付いているウイングだって良く見れば半端じゃない。一体、あれは、ナンなんだ! と、まあ、日ごろ目障りな小僧のエボやインプ、それにRX-7などを、ちょっとオチョクってやりたいなんて思っているあなた。そんな事は簡単ですよ。納期はチョット掛かるけど、BMWのデーラーにM5を注文すれば良いだけの話だから。いや、場合によっては即納のキャンセル品があるかもしれない。後はホンの1500万程のポケットマネーがあれば良いだけの話し。 そんな訳で、今回はBMW M5を取り上げる。E60になってからのM5人気は歴代のM5の中ではダントツで、それどころかBMWファンのみならず、クルマ好きと言われる多くの人たちが半端ではない感心を持っているようだ。そこで、今回の試乗記は、もしも幸運にもM5を買う事が出来たなら、まず最初にするべき慣らし運転を、オーナーのご好意により実際に体験する機会に恵まれた B_Otaku  が、それを再現して、読者の皆さんにもバーチャルM5納車直後体験をしてもらおうという企画を立ててみた。1500万もあったら、クルマなんて買わないで中古マンションの一つも買っておくとか、その前に住宅ローンの繰上げ返済に回すなんていう、ケチ臭い話題は置いておいて、今回は景気よく行ってみよう!


M1は1979〜1981年の間に456台しか生産されなかった幻の名車。直6、3.5ℓ、277psエンジンをミッドシップに積む。


M535i(E28)、1984〜1987年
直6、3.5ℓで12バルブ(SOHC)版がM535iで、24バルブ(DOHC)版がM5と呼ばれる。

その前に簡単にM5の歴史に付いてオサライしておこう。
M車は1972年にBMWのモータースポーツ部門として、その名もモータースポーツ社として設立された。Mの最初のモデルであるミッドシップエンジンのM1は1979年にBMW本体で開発され、それをM車でグループ4、6へとモディファイした。もちろん目的は打倒ポルシェだったが、レギュレーションの変化によって実際には日の目を見なかったようだ。M1がカタログに載っていたのは81年までの僅か2年間だったが、その間の80年から81年の間にM5の最初のモデルであるM535i(E20)が発売されていた。
2代目のM5は1984年のM535i(E28)だが、その1年後には同じ直6、3.5ℓエンジンながらDOHC化されM535iより70psアップの286psエンジンを搭載したM5が発売された。当時の雑誌を引っ張り出して見たら5MTを駆使して出した動力性能は0→100km/hが6.5sで最高速が245km/h。当時のミドルサルーンとしては驚異的だったようだが、20年の歳月を経た現在では、この程度の性能はクラウン3.5アスリートだって出せそうだ。


3代目M5(E34)、1988〜1995年
直6、3.8ℓで340psエンジンを搭載


4代目M5(E39)、1998〜2003年
V8、5ℓで400psエンジンを搭載

3代目のM5は1988年のE34でエンジンは6気筒としては限界に近い3.8ℓで最高出力が340psだった。E34は、最近でも偶に見る事があるが何故か殆どがM5や、その他のコンプリートカーもしくはモドキのようだ。
そして、先代E39のM5は1998年に発売され、従来の直6に代えてV8、5ℓが搭載された。最高出力は400psで当時としては驚異的だったが、あれから僅か7年後の今では、トップパフォーマンスと言えば500psの世界になってしまった。

代々M5というのは、ベース車がアッパーミドルセダンである5シリーズだから、どちらかと言えば高級4ドアサルーンを更に高性能にしたハイウェーツアラー的な面がある。この点では初代E30がレースのホモロゲーションを目的として市販されたM3とは大いに異なる。


上がM5で下が525i Msp。撮影条件の違いはあるが、写真で見てもM5は何となくオーラが出ているのが判る。
とは言っても、この2台を見ても判らない人には全く同じに見えるが。


M5は真後ろから見るのが一番判りやすい。4本の太い排気管が不気味にその性能を暗示している。


525i Mspの最大の相違点は排気管の数と太さだが、バンパーも当然異なる。このままで、M5のエンブレムを付けても、何かが違うということになる。

そして、5代目となるM5が今回試乗したE60で、何と言ってもF1エンジンと同じ構成の90° V10エンジンを搭載しているという点で、今までのM5では考えられないくらいにマニアの関心が高く、また人気もある。そのエンジンはと言えば、5ℓのV10で507psを7750rpmで発生する。5ℓもの大排気量で7750rpmというのも凄い!流石はF1ベースと誰もが納得のハイチューンエンジンだ。
さて、その価格はと言えば、本体が1330万円だから、これにオプションをつけて、取得税(なんと66.5万円)やその他の諸経費を合わせれば軽く1500万の大台を超えてしまう。この千五百万が高いか安いかと言えば、コストパーフォーマンスとしては十分に買い得とも言える。なぜなら、500ps超で、しかもリッター100psのハイチューンエンジンでさらに多気筒(V10以上)と言えば、それはフェラーリエンツオ、ポルシェカレラGTやメルセデスSL−Rなどの超高性能車の分野だから安くても数千万円級と言ったら言い過ぎか?何にしてもM5は実にお買い得ということになろう。まあ、千五百万のクルマを安いというには程遠い生活のB_Otaku が言うのもナンだが・・・・。> では、何故にM5が、これ程の低価格(!)を実現できたかと言えば、量産車である5シリーズのコンポーネントを極力流量しているからに他ならない。そこで、次の興味は5シリーズのMspあたりと比べて、どのくらい似ている(違う)のかということだろう。外観は普通の人がチョッと見た限りでは、他の5シリーズと大きく変らない。E46の場合はクーペの330Ci-MspとM3を比べれば、フロントのエアインテークなどが、似ているようで似ていないとう状況だったがM5と5シリーズは、特にMspパッケージなら可也似ている。大きな違いはフェンダー横のグリルと後ろから見た時の左右2本出しの4本マフラーと、それに関って形状の異なるリアバンパー、そして19インチのホールと極太のタイヤくらいか。 ただし一言で言えば、やはり本物のM5は何とも言えないオーラのような物を発散している。その原因は何なのかは判らないが、見る人が見れば一目で判る。しかし、クルマに興味の無い普通の人、いや少しクルマ好きくらいなら区別は付かないというのも、これまた事実だ。


このクルマのオーナーが一番お気に入りのアングル。
確かに、この角度から見るのが一番M5の特徴が出ていて、”普通の5シリーズ”との区別が付けやすい。


フェンダー横っ腹に開いたグリルこそは、外観上で最大の特徴となる。


フロントドアを開けて見れば、チョット見には普通の5シリーズと変らない室内が見える。このクルマのシートは市販のレカロに代えてある。


この写真は標準シートのM5。ただし、白い内装は限定バージョンだ。元々限定のようなM5に、更に限定版があるのも不思議だが。



ドアを開けると、そこ(ドアシールプレート)に見えるのは
”M5”のロゴ! やはり本物は何処かが違う。

ドアを開けた時に見える風景は普通の5シリーズと大きくは変らない。と、思ったら、ドアシールプレートに大きなM5のロゴを発見。やはり”M5”というのは格が違う。
リアも基本的には5シリーズと同じだから、180cm級の大男(大女も)でも苦にならずに乗る事が出来るが、M5の運動性能をフルに使って運転されたら、リアの乗客は首がもげそうになるだろうが・・・。 試乗したクルマにはアルミのトリムが装着されていたが、今まで見たアルミトリムの中では最も質感が良い。表面には荒めのヘアラインが水平に入っているが、中々オシャレで気が利いている。この点では、昨年乗った525i Mspに標準だったパチンコ屋の壁材みたいな趣味の悪いキサゲ模様とは雲泥の差だ。ただし、最新のカタログを見たら5シリーズMspの標準も少し変っていた。


リアも基本は5シリーズそのものだから、普通の高級サルーンとして十分な実用性がある。ただし、運転によっては凄まじい前後・左右のGが乗客を襲うこともあるが。


写真左がM5のトリムで”ブラッシュド・シャドー・アルミ・トリム”という。アルミトリムとしては今まで見た中で一番の出来だ。右が525iMspのトリムで1年程前の標準品。ただし、最新型では少し変っているようだ。
   

525i Mspの室内。このクルマのオーナーから見れば、憧れのM5にソックリだし、M5オーナーから見れば、似てはいるが本物とは違うと感じるような絶妙な差別がある。流石にBMWで、実直なようで中中商売が上手い。

トランクの奥行きは深いが、巨大なタイヤや頑強なサスを納めているタイヤハウスのお蔭で、幅方向は広くはない。

後ろに回ってトランクを開けると、流石にアッパーミドルカーの5シリーズベースの奥行きのある荷室が見える。ただし、サイドパネルは高度なリアサスを覆っているから全幅は狭い。このクルマのオーナーのゴルフプレー率は高いだろうし、客室は4人の長距離走行に全く支障がないから、このトランクにゴルフバッグ4個が楽に積めるかは大きな問題だろう。残念ながらゴルフをやらない(言い換えれば出世コースからスピンアウトした) B_Otaku  には判断が出来ない。 このトランクルームの底板を持ち上げると、そこにはリッパなコンプレッサーと薬剤のタンクを持った、如何にも質の高そうなパンク修理キットが搭載されている。この方法はポルシェも同様だが、スペアタイヤを積まずに、ランフラットタイヤ(RFT)でもなく、パンク時は修理キットで対応するという話を聞いて、セコイ国産車しか知らない感覚で判断すれば、カーショップ等で売っている虫取りスプレーの親戚みたいなセコいヤツを想像するだろう。ところが、この写真で見てのとおりの、実に立派な物が搭載されている。


トランクの床下にはバッテリーとコンプレッサーを仕込んだパンク修理キットが入っている。普通のの5シリーズもランフラットタイヤなんて止めて、これを積むオプションが欲しいくらいだ。

以上のように目で見た限りは、成る程流石に本物は違うと感動するとともに、いや、5シリーズのMspだって殆ど変らないではないか、とも言えるところが実に上手い。M5のオーナーは前者であり、Mspのオーナーは後者だろうから、双方が満足して丸く収まるのだから、BMWも商売が上手いと関心するしかない。 このように、見かけは結構にているM5だが、もしも、あたながM5のオーナーとなり、待ちに待った納車の後に、早速乗り出そうと思った場合、普通のクルマならATの場合はPからDにセレクトレバーを動かすし、MTならばクラッチを切って、シフトレバーを1速に入れれば良い。これは世界共通だから、ドライバーなら誰でも判るが、M5の場合はチョッと違う。だから、乗り出す前にM5に備わる各種の走行モードを覚える必要がある。 M5のエンジン制御は3つのモードを選べる。一番大人しいのはP400というモードで、その名から想像できるように最大出力が400psに抑えられるモードだ。次が507psのP500で、最後が同じ507psでも特性の異なるP500Sportという文字通りのハイパワーモードとなる。
更に、シーケンシャルミッションのSMG3にはD(ドライブ)というトルコン付きのATのように自動変速をするモードと、S(スポーツ)というシフトレバーかステアリングと一体のパドルスイッチでマニアルシフト操作をするシーケンシャルモードがある。そして、この2つのモードにはシフトのタイミングが遅い方から1、2・・となりDはD1からD5まで、SはS1からS6までを選べる。ただし、最速シフトのS6を使うとクラッチの寿命が著しく短くなるので普段は使わないようにとの事で、そんなら一体、いつ誰が使うんだなんて言いたくもなる。
モードを切り替えは此れだけではない。EDCというダンパーのコントロールは3段階で、横滑り制御であるダイナミックコントロールDSCは2段階とOFFの3種類が選べる。
とに角、此れだけのモードの中から一つを選ぶ訳で、これを使いこなすにはクルマの慣らし運転とともに、オーナーも慣らしが必要のようだ。 ここまでの内容からも判るように、このM5は”何でも良いから一番速くて高いヤツ持って来い”という手の、土建屋の成金社長タイプには全く向かないのは言うまでも無い。だからM5のオーナーであるということは、その資金力と共に、このハイテク車を使いこなす頭脳の持ち主であるという事の証明にもなる訳だ。


ボンネットの下にはV10、5ℓ 507psエンジンがメ一杯に詰まっている。
残念な事にトグロを巻く蛸足マフラーも銀色に輝くシリンダーブロックも全く見えない。

辛うじて見えるのは、銀色に光り輝くシリンダーブロックの一部。

エンジンルームには、このクルマの塗装色を示す銘板が貼ってある。シルバーストーンUという色は当然普通の5シリーズには無い。商売の上手いBMWのことだから、E60モデル末期には、この色のMspを国内100台限定とか言って売りさばくような予感がするが。


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