Tesla Model S (2016/7) 後編 その2

  

今度はシャーシーとモーター等の状況を実際の写真で見るために下のようなシャシーのカットモデルを撮影しておいた。この写真でフレームらしき部分の底に150o くらいの厚みがあるが、これがバッテリーであり、極めて低い位置にしかもシャーシ全体の広い範囲に搭載されている。従って重心が低い事と共に、前後の重量バランスも極めて良さそうだ。

下の写真は RWD シングルモーターのタイプで写真左下のフロントの部分にはモーターは無く、操舵用のユニットらしき機器とモーターの電力制御機器らしきものが確認出来る。写真右下はリアアクルス付近で、ここには駆動モータが見えるが、意外に小さい事とこれまた搭載位置が極めて低いから、重心も極端に低いであろう事が見て取れる。

シャーシーはアルミの引き抜きらしき部材を溶接で組み立てているようで、溶接のビード (写真下の青↑) を見ると恐らく半自動の MIG 溶接機を使っての熟練した職人芸での溶接作業のような気がする。この手のボディーの組立方法はホンダの旧 NSX を製造する高根沢工場を見学した際に見た事があるが、熟練工が手持ちの溶接トーチを使って作業していたのを見て驚いたものだ。しかも、旧 NSX はこのテスラSよりも更に構造が精密で複雑だったが、今ではこれらの名人達は定年退職している筈で、もうあんな工法は出来ないだろう。それにしても、この工法と構造ではコストは高いし生産数も上がらないだろうが、それについては2年後からデリバリーされるモデル3で大幅な合理化が実施されると思う。

次に操舵性に話を移すと、テスラSのステアリング特性は中心付近の不感帯も操舵力も適度で実に扱い易い。全幅 1,950o という大きさの割には決して運転し辛いという感じがしないのは、この素直な操舵性により思ったラインにクルマを寄せられるからだ。テスラは開発も生産も米国だから言ってみれば米車であり、となればクライスラー300 の例を見てもステアリングの反応はかなり悪くバブル時代のクラウン並だから、それからするとEクラスや5シリーズと比較しても決して劣るとは思えないテスラSのステアリング系は予想外だった。

更に驚くのは旋回性能で、これは少し乗っただけで安定の良さを肌で感じるくらいだから、試乗コースの途中にある少しキツ目のコーナーに少し速めの速度で入ってみたが、全く安定した弱アンダーステアでクリアーしていく。既にモデルSのシャーシーのカットモデル写真を説明しているから理解できると思うが、あの重心の低さがそのまま安定性の良さとコーナーリング特性の素直さに直結している訳だ。ただし、これは EV 全体に言える事で、三菱アイミーブも初めて試乗した時はその安定性の良さに驚いたものだった。何しろ三菱の軽というのは安定性で明らかに他社に劣るのが実情だったから、これは意外だった。そして日産リーフも同様で、リーフの場合は不正確なステアリング系にも関わらずコーナーリング特性自体は実に素直だったのはやはり重量物が低い位置にあるための重心の低さと、重量物の配置を考えることで前後重量配分を50:50 に近付けやすいからだ。

そして今度はブレーキについて、先ずはEV として一番興味の湧く回生ブレーキから実際に動作させてみる。テスラSの回生ブレーキはアクセルペダルを放すと作動する方法で、これはBMW i3 と同じだ。ただしテスラSでは効き方を2段階から選択できるようになっている。強力な方を選ぶとアクセルペダルを離した瞬間に明らかな減速度を感じ、これは i3 と同様だ。この方式は言ってみれば大型商用車の排気ブレーキやリターダなどと同じで、慣れるとブレーキを踏むより早く減速動作に入るので良い面もあるのだが、評価は好みと慣れで別れるだろう。

ところで、BMW もテスラも何故にこの方式を採用したかといえば、回生制動を目一杯使って効率を上げるにはブレーキペダルを踏んだ時に最初に回生ブレーキを作動させて、更にドライバーがブレーキペダルを踏み込むとホイールブレーキユニットに適正な油圧を送るというシステムが必要となり、要するにフルエレキ制御のブレーキ、通称ブレーキバイワイヤの技術が要求される。そしてこの技術を実用化しているのは世界中でトヨタのみだから、他のカーメーカーはブレーキペダルを踏んでホイールブレーキが作動するのと回生ブレーキが作動するのが同時であり、折角回生させて電気を溜め込もうとしているのに、ホイールブレーキまで作動してしまうことで電気を100%溜め込めない、という事から当然ながら航続距離を低下させてしまう。これを防ぐためにブレーキペダルを踏む前に回生ブレーキを目一杯動作させて電気を貯めこんでやろう、というのがテスラやBMW の方式だ。

次にブレーキペダルを踏んだ時、すなわちフートブレーキのフィーリングはといえばこれは踏力も適度で効きも良く、このクルマのベラボウな動力性能にも全く不安はない。実はそれもその筈で、ホイールのスポークの隙間から覗くブレーキは高性能車の定番である前後ともブレンボのアルミオポーズドキャリパーが見える。このキャリパーはマルでポルシェ911のように前後とも4ピストンを採用しているが、これはやはり前後重量バランスがほぼ等しいか、リアベビー気味なのだろう。そう言えばテスラSの素直で安定したコーナーリング特性は4WD のポルシェカレラ4に似ていると感じたくらいだ。

なおテスラSのブレーキでもう一つ特徴的なのはリアにパーキング専用のキャリパーを取り付けている事で、これはランボルギーニなどの極々特殊なクルマに例はあるが、4ドアセダンでは例を知らない。そのパーキング用キャリパーをホイールの裏側から見ると成る程モーターと減速機らしきユニットが付いているから、車内のダッシュボード下端のスイッチを押すとこのモーターの回転を減速してネジを回すことでパッドを押し付けるのだろう。


写真36
ブレーキキャリパーは高性能車の定番であるブレンボのアルミオポーズドで前後とも4ピストンというポルシェ911並のものだ。
リアのキャリパーも4ピストンということは前後配分が50:50 か多少リアヘビーか、何れにしてもフロントは軽そうだ。
なおパーキングブレーキは専用のキャリパーを持っている。


写真37
標準タイヤは Michelin PS3 245/45R19 と発表されているが、写真のタイヤは Michelin PRIMACY 3が付いていた 。


写真38
パーキングブレーキ用キャリパーを裏から見ると、電動ユニットが付いているのが判る。

正直言って最初は怖いもの見たさというか、ゲテモノ主義というか、まあSクラスや7シリーズとマトモに比較できるとは思っていなかったが、結果は見事に期待 (?) を裏切り結構完成された車であり、一千万円超の高級サルーンとしての内容は充分に持っていた。

それにしてもホンの数年の歴史の会社がこれ程までに完成した高級車を作ったのは驚きだが、その原因の一つには精密機械であるエンジンとトランスミッション、そしてそれにまつわる各種補機類など長い経験を必要とするモノが何も無い事も大きな原因だろう。その昔はコンピューターの製造は極めて高度の技術を必要としたが、今では必要な部品がユニット化され市販されていて、個人のレベルで部品を買って組み立てれば高性能パソコンが自作出来る時代になってしまったが、クルマも近い将来はパソコンと同様に台湾や中国で作ったモーターやシャーシーを買ってきて、これに好きなボディを作ればクルマの出来上がり、という状況になるかもしれない。しかもそのボディも人件費の安い途上国で規格化された各種スタイルのものが用意されていて、それらを組み合わせればクルマなんて簡単に出来てしまう‥‥という時代が来るのだろうか。

今現在、このテスラSに一千万円なりを出して買うユーザーというのは、今まで色々なクルマを次から次へと買いまくり、さ〜て何か変わった奴は無いかというような場合で、個人購入とはいえ実際には自らの経営する会社や医療法人、個人営業ならば事業用の車両として経費で乗る場合が殆ど‥‥と想像していたのだが、輸入元の話によると、本当に自腹で購入するサラリーマンも結構いるという。

えっ、サラリーマン?
実は試乗後にショールームで話をしていたら、隣の席では購入契約をしていると思しき初老のご夫婦がいたが、その雰囲気からして大企業の執行役員という感じで、成る程オーナーではないからサラリーマンには違いない。考えてみれば近い将来のクルマを体感してみよう何ていう教養と見識を持っているという点ではピッタリの階層なのだろう。それじゃあ、成金の社長は?というと、そんな輩に販売したらタッチパネルの操作が出来ないし、勿論自慢の美空ひばり全集のカセットも聞けない! から、クレームの嵐となる事間違い無しだ。

ということで、この続きは特別編にて。と言いたい処だが、未だ特別編の内容を考えていなかった。これは近いうちに何とかしたいので‥‥

暫しの猶予を!