SUZUKI ALTO RS 後編
※検索エンジン経由でノーフレームの場合はここをクリックしてください。

ドライバーズシートに座ると、シート幅は軽自動車ということから想像するよりは幅方向にも余裕があるのはパッセンジャーシートとの隙間を最小限に配置されているからだが、それでもパッセンジャーと体が触れ合うという事は無いから、隣にオッサンを乗せるときは有り難いが若い女性を乗せる場合には残念でもあるから、そういう用途にはベンチシートのクルマを選ぶことを勧める。シート形状は以前試乗したスペーシアに似ているが、体全体のホールド感に多少不満を感じたスペーシアに比べれば、シートのホールド感は多少でも良いようにも感じる。

エンジンの始動はインテリジェントキーとプッシュボタンという一丁前な方法であり、そのスイッチの位置はインパネ右端の下の方にある。エンジンが回り出して、さてアイドリングはといえば、3気筒ということを考えれば充分に静かで振動も少ないのは同じエンジンを搭載したスペーシア T で経験済だから驚くこともない。シフトレバーはインパネのセンタークラスターから生えている所謂インパネシフトで、これをDレンジに入れて幅の狭いフロアコンソールから出ているパーキンブレーキレバーをリリースして発進してみる。

ブレーキペダルから足を放してもクルマはそのまま動かない、と思ったら約1秒ほど後にカチッという感じでゆっくりとクルマが前進を始めた。これはアルトRS のトランスミッションがスズキではAGS (Auto Gear Shift) と呼んでいるシングルクラッチセミオートだから発進時にクラッチをミートするためのタイムラグが発生するということだ。発進してからゆっくりと公道の手前まで駐車場内を進んだ時の感触は、軽とは思えない程にトルク感があることだ。一時停止してクルマの切れ目を待ち、流れが途絶えたところで左にステアリングを切りながら前進する時に少しアクセルの踏み込み量が多めになってしまったら旋回の途中でガックンと息をつくような挙動があった。走り始めた直後に行き成りの AGS のトリッキーな動きを見せられて、こりゃあ若しかすると未完成品じゃないのか? という疑問も湧いたが、ある程度の速度が出てしまえば妙な挙動は出なかった。と思った瞬間に前車が左折のために殆ど停止寸前まで速度を落としたらやはり何やら妙な挙動が出たから、やっぱり極低速に弱そうだ。

現在のセミオートミッションにはアルト RS のようなシングルクラッチ以外に偶数系と奇数系の2つのギア系列を瞬時に2つのクラッチを使って切り替えるデュアルクラッチ(DCT)方式があるが、一般にDCT の方がDレンジでのオートマ走行が自然な場合が多く、例えばDCT 方式の開発元というか本家本元のポルシェ (PDK) やそれを最初に量産したVW (DSG) などは殆どトルコンAT と変らないくらいの制御を実現している。対するシングルクラッチでは例えば同じVW のup! の場合などオートマモードでは結構な我慢と妥協が必要だし、マニュアルではクラッチはないとはいえ変速時にはマニュアルのつもりでアクセル操作をしないと、自動でクラッチがミートされる際にガツンというショックを発生してしまう。そういう意味ではアルト RS の場合はup! よりは明らかにマシで、Dレンジでも偶に妙な動作をするとはいえ充分に許容範囲ではある。

ミッションの話が長くなり、肝心の動力性能が後回しになってしまつたが、アルト RS の加速性能とトルク感は軽自動車としては群を抜いている。しかし、ここで軽自動車のパワーは64psに自主規制されているのに、何故アルト RS が他の軽自動車よりも速いのかといえば、実は670s という圧倒的な軽さの恩恵だった。すなわち、ALTO RS の車両重量は何と先代 Kei works よりも100s も軽く、更にホンダ N-ONE のターボモデルと比べれば200kg!も軽い事だ。このため軽の上限である64ps という出力は変わらないものの P/W レシオでは Kei works の 12.2kg/ps に対してALTO RS は10.5kg/ps となり、200kgも重いホンダ N-BOX は13.6kg/ps という値になる。加速時は軽量ボディによる動力性能に加えて、フルスロットルでもエンジン自体の振動は少なく、排気音やメカ音なども質の良い音だから耳についたり不快だったりというこも少なく、従って加速中のフィーリングは軽自動車としてはダントツだった。

このクルマのエンジンは前述のように以前試乗したスペーシア Tと型式、スペックともに同じモノだが、スペーシア Tの車両重量は 870 kg で今回試乗したアルト RS の 670 kg よりも 200kg も重いことから、それ自体は軽自動車としては充分な動力性能と感じたスペーシア Tの事を考慮すれば、このアルト RS の動力性能が良いのは当然でもあった。

ところで、最近のクルマは省エネの観点からも巡航時の回転数を極力低く保つように制御されていて、普通車の場合は1,200〜1,500rpmくらいが一般的だが、アルト RS の場合は40q/h 巡航時でも約2,000rpm と高く、少し負荷が大きくなると直にシフトダウンされて回転計の針も跳ね上がることになる。その回転計については白い盤面に黒い文字でコントラストが高く視認し易いが、メータークラスター内の配置は3眼メーターの左側であり、しかも中央の速度計に比べて直径が小さいのは RS の名に似つかわしくなく、ここはセンターの大径メーターを回転計にするべきだと思うが、RS だけのためにこれらを設定するのは予算として難しかったのだろう。

 

既に何回も述べているように、このクルマのミッションは実はATではなくシングルクラッチの2ペダル MT だから、マニュアル操作をしてこそ意義があるというものだ。そこで早速試すことにして、インパネシフトのレバーをD位置から左側へ押すいう世の中の大部分のAT車と同じ方法でマニュアルモードに切り替える。この状態でレバーを上げるとダウン、下げるとアップとなるがインパネから生えたレバーをガチャガチャ動かすシフト操作に、その昔の初代エヌサン (ホンダN360) を思い出すアンタは間違いなくジジイ(とババア)だ。実はこのクルマ、一丁前にステアリングホイールの裏側にパドルスイッチが付いている。

それで実際にアップダウンをやってみると、そこは流石にセミオートだけあって、トルコンAT よりもレスポンスが良いし、ましてやCVT でマニュアルをシミュレートする方式と比べれは圧倒的に優っている。ただし前述のように普通の AT の積りでいると変速直後にショックを感じるから、3ペダル MT のようにシフト直後に一瞬アクセルペダルを抜いてやれば極々自然にクラッチがミートされるのはアルファロメオなどどと同様だ。ということは、そういう事実を何も知らないドライバーが運転すると、欠点ばかりが目立ってしまうということだ。

次に操舵感については特に軽すぎる事も無く重すぎもせず、要するに適度な操舵力で中心付近の不感帯も少な目であり、実に自然な味付けとなっている。アルト ワークスの再来と思うともっと過激でも良い気もするが、若いころワークスで青春をしていた年代ならば今の年には丁度良い味付けだ。今回は試乗時間もそれ程でもなく、本気のコーナーリングを試す場所はなかったが、とはいえ軽自動車や低価格車のスポーモデルとしては十分に高得点を与えられる。まあ、この手のクルマは場合によってはちょっと危険なユーザーも試乗に来るから気持ちは判らないでもないが、露骨に試乗させたくないという態度とともに、イザ試乗となると2分で終わり、みたいなのに遭遇することもあった。おっと、この話はそのうちに何処かの特別編にて詳しく紹介しよう。いや、既に何処かで多少触れたような気もする。

それで、試乗コースの途中にある一般道のコーナーで多少は試してみたら、最近のハイトワゴンよりは重心が低いことも有り車幅の割には安定していてアンダーステアも少なく、軽自動車としてはこれまたトップクラスと断言できる。(キリッ ←今時こんな表現するかぁ?

軽自動車としては安定性が良いのは解ったが、その代償に乗り心地が酷く悪いというのでは困るが、アルト RS は乗り心地も決して悪くない。ただし、ある程度以上の入力があると急に突き上げを感じることになるが、一般的な道路での多少の凹凸ならばそれほど気になるようなショックも無く、これも軽自動車としてはの但し書き付きだが乗り心地は悪くない (良いと言い切る自信は無いが‥‥)。

最後にブレーキだが、減速に必要なブレーキ力は車両重量に比例するから、軽自動車の中でも一際軽量なアルトは一見ショボいリアドラムブレーキなどでも充分な制動力を得られる。ただし、軽量なだけに4人がフルに乗車した時の重量増加は車両重量に対して大きいから、若しかすると少し効きの悪さを感じる、なんていうことが無いとはいえないが、これは今後の宿題としておこう。

ということで、噂には聞いていたが久々の軽ホットハッチの出来はその価格を考えれば文句なかったが、何も130万円とは言わないから、もう少し高いというか上級グレードでレカロシートなんかを標準装備したモデルが欲しいところだ。また3ペダルのマニュアルミッションもマニアとしては当然ながら欲しいアイテムだが、このレイアウトを見る限り3ペダルを作るような事は考えていないようにも見える。

ディーラーによるとRS の試乗に訪れるのは結構年配のユーザーが多いそうで、若いクルマ好きの兄ちゃんが意外に少ないようだ。まあ若いクルマ好きというか、峠命の走り屋なんていうのは今や絶滅危惧種の部類であり、そういう意味でもアルトRS のバリエーションにはもっと地味なモデルを揃えたら案外売れるのではないだろうか?

注記:この試乗記は2015年3月現在の内容です。