Porsche Carrera S (2008/4) 徹底試乗記 後編


 

試乗車はティプトロニックS(TipS、メルセデスベンツ製といわれている)という、言ってみれば普通のトルコンATで、しかも今時5速というのは、スペックからすると何とも時代遅れに感じる。セレククターレバーの配置はP→R→N→D、そして左に倒してMというところまでは、世間の標準的なATの配置だが、Mから前後でプラス/マイナスとなるゲートが無い(写真2 1)。 そう、ポルシェのTipSはマニュアル操作を全てステアリングホイールのスポーク上のあるスイッチ(写真22)で行うのが、他社と大きく異なるところだ。ボディ全体がブルブルと振える振動をシートから感じながら、初めて体験する尋常ではない雰囲気に浸りながら、さてこれから何が起こるのだろうという不安と期待とともに、いよいよ走りだそしてみよう。 パーキングブレーキはセンターコンソール後方のレバーでリリースするが、このレバーは他社に比べると長さが長いので力を入れ易い(写真23)。こんなところも機能重視の設計思想が伺える。ガチッとしたフートブレーキを離すと僅かなクリープでクルマは前進するので、ここで右足のアクセルと少し踏んでみると、後方から僅かなゴーっという音と共にクルマは走り出す。 この瞬間に、あなたは、またまた今まで経験した事のない、独特の世界に引き込まれるだろう。高回転型の高性能エンジンとはいっても、排気量が3.8ℓもあるから、低回転からもグングンと右足に反応するし、ちょっと多めに踏めば、微かなエンジン音は行き成り音量が上がって踏んだ分だけ加速する。ティプロといっても中身はATだから、確かにトルコンのスリップは感じるが、そんな事はどうでも良くなる程に充分なレスポンスを感じられる。 それとともに、これだけのエンジンをMTで乗ったら、どんなに気持ち良いかという欲望も湧いてくる。

ポルシェのTipSはBMWなどのドイツ製サルーンと同様で通常は2速発進となるから、普段の街乗りでは行き成り怒涛の加速をする訳ではない。そこで静止からのスタートでフルスロットルと踏むと、2速でスタンバイしていたミッションは少し走り始めた一瞬後に1速にシフトダウンして、ガツンという背中を蹴飛ばされるようなショックと共にあっと言う間に回転計の針はレッドゾーンに達して2速にシフトアップされる。この時の加速は流石で、普通のユーザーなら、今まで乗ったクルマの中でも最速の部類と感じるだろう。 2速での加速も凄まじいが、一般道では既に危険(安全性とともに、免許の点数も)な領域なので、まあマトモな神経ならこの辺で終わりとなる。 Dレンジでの発進では2速発進が原則だから、今度はスタートから1速でスタンバイするためにセレクターレバーを左に倒してMを選択する。TipSの表示は中央寄りの右側にある燃料&水温計の空き地にあるインジケータがアナログ的にポジションを表示する。このインジケーターはポジションのみならず、今ATがどのポジションに入っているかを、Dモードでも常に表示する。そして表示は小さいながらも、極めて精密そうで見易いから、思わず見とれてしまいそうになる (写真24)。このDモードでも常時ギアポジションを表示するのは例えATといえどもドライバーは常に現在のギア位置を把握できるとう点では実に使い易い。
既に何度も説明したが、911系の場合は左右に 油温と油圧の各メーターが追加された5連となるが、このオイル関係の表示は普段の街乗りでは全く見る必要が無い。それでも折角あるのだからとコールドスタート時の状況を確認してみたら、走行後10分程度で水温計は80℃の適温を指して安定しているが、油温は90℃、油圧は3kg/cuを指していて、更に5分ほどしてそれぞれ100℃と2kg/cu辺りで安定する。ということは、油圧/油温計の無いボクスター/ケイマンのユーザーは水温が適温になった後、約5〜10分はフルスロットルを我慢した方が良 さそうだ。

TipSの大きな特徴として、Dレンジで走行中もステアリングスイッチでシフトダウン(アップは意味が無いが、勿論可能)が出来ることで、これは慣れると非常に使い易い。といっても、最近では国産車もこのロジックを真似、ではなく採用している例も多いから驚く程でもないが、数年前に始めてTipSに乗った時(確か986ボクスターだった)は感動したものだった。
次にセレクターのMを選択してのマニュアルモードで走ってみる。信号待ち状態でMにすると、インジケータはMが光るとともにギアポジションは2が光るから、ステアリングスイッチ (写真21)のマイナス(下側)を押して1でスタンバイ。信号が青になって、隣の車が発進したのを見て、一気にフルスロットルを踏むと、Dレンジの時と違い、一瞬のタイムラグも無く一気に加速状態へ。回転計の針は一気にあがり、普段は微かに、しかし低く図太く響く排気音も一気に大音響に変身する。 特に4000rpmを超えてからのサウンドは、好き物には堪らないし、その音には水平対向独特のボロボロッという音も混じり、更にはバルブ音などのメカ音が盛大に加わって、何ともいえないポルシェサウンドを奏でる。この音はケイマン/ボクスターに対して完全に勝っていると思うほどに、マニアックにチューニングされている。これは日本においてはボクスターの2倍近い 代金を惜しげもなく払ってくれたオーナーへのサービスだろうか。そしてこのサウンドは空冷時代の911を彷彿させる点でも、意識的な音創りなのだと思う。
という風に、911系を持ち上げたところで、実は一つ気になることがある。それはリアエンジンの911系は排気管の距離が充分に取れないため、排気系をどうしても完全等長に出来ない事から、排気干渉によるボロボロ音が出てしまうということだ。これに比べてミッドエンジンのボクスター/ケイマンはテールエンドまでの距離が比較的長く取れるために、排気系の設計が遥かに楽で、しかも完全等長が実施できるから、例のボロボロ音は出ないし、効率も良いことになるのだが、それが逆にポルシェっぽくないと思われる原因でもある。
 

 


写真21(上)
ステアリングホイールのスポーク上に組み込まれたマニュアルシフトスイッチ。左右とも同じだから、どちらの手でも操作できる。

写真22(左)
セレクターレバーでのマニュアルシフトは出来ない。
ゲートから覗く厚いパネルなど、良く見ると結構金掛け放題の部分もある。

 


写真23
長いパーキングレバーは充分なレバー比があるので、操作し易い。

 

 


写真24
たとえDによるAT走行中でも、現在のギアポジションが表示される。インジケータは小さいが、極めて精密なために見易さ抜群でもある。

 

今時、エンジンをリアに搭載するクルマといえば、バスなどの商用車を別とすれば、極一部の軽自動車(三菱 i とスバルサンバー)くらいなもので、ましては高性能スポーツカーでこんな方式を採用しているのはポルシェの911系以外には無い。 どう考えても不利な方式で三百数十馬力、いやGT2に至っては五百馬力を超えるパワーを扱うというのは、数十年の地道な改良によるノウハウの積み重ねがあるだろうことは誰が考えても判ることだ。なんていう能書きはこのくらいにして、実際に乗ってみた操舵感はといえば、大抵のユーザーは充分な直進安定性に驚くだろう。そして、次には、意外にも曲がらないし、コーナーをチョッと早めに通過しようとすると思いのほかアンダーステアに悩まされる事になる。これが、ボクスター/ケイマンのユーザーだと、上級の筈のカレラが、何時も乗り 慣れた愛車よりもトロイ操舵感なので拍子抜けするかもしれない。実は普通に走る限りでは、直進性の良さとのトレードオフとして、ステアリングレスポンスは決して良くないし、コーナーリング特性もアンダーが強いクルマというのが実態なのだ。それでは、カレラなんて名前だけかといえば、そんな事はなく、それなりの走り方をすれば充分に速いのも、これまた事実だったりするから、話は難しくなる。今回は期間が長いこともあり、通勤途中のコーナーを毎日毎日、何度も通ることから、徐々にスピードを上げたり、直前での減速で荷重をフロントに載せてみたりと、色々試す事ができた。 そして得た答えは、まずはコーナー直前での確実な減速により、フロントの接地荷重を上げてやることと、コーナーの頂点を過ぎたらば適度の駆動トルクを与えることで、アンダーステアを減らしたり、更にはオーバーステア気味に持っていくことが可能になるということだ。 な〜んだ、そんなの当たり前じゃないかと言う声が聞こえてくるが、脳内で判っていても実際に体で体験するのとは大いに違うのだ。思い通りの減速ができるブレーキや 、コーナー頂点から緩いオーバーステア気味にして僅にリアタイヤをスライドさせるような絶妙なトルクコントロールが可能なスロットル 、そして、精密機械のようなステアリング系等・等、それに加えて充分に訓練されたドライバーが一体となると、それこそ言い尽くしがたい程の楽しいコーナーリングが味わえる ことになる(筈だ)。 それでも、垂直方向の軸(Z軸)に対して、尻の先に錘(エンジン)をぶら下げているという、いってみればヨー方向の慣性モーメントが大きいという事実 から、操舵に関しては微妙に遅れがでるという特性があるから、ドライバーはそのタイミングまでを体で覚えて、自らの操作でタイムラグを補正してやる必要がある。と、言葉では何やら面倒に感じるが、実際には振り子を振るような要領でクルマの動き にステアリングを合わせるタイミングを体が覚えてしまえば、 結構上手く扱えるだろう。そういう意味ではカレラの奥深さと難しさは、ボクスター/ケイマンの近代的なミッドシップエンジン車の、ステアリングを切った量だけ即座に反応するという特性とは全く別のものだから、どちらが良いかはオーナー次第。本音でいえば両方とも欲しい!

本来ポルシェというのは比較的小型のスポーツカーなのだが、最近の世界的な幅広化の傾向は、ポルシェさえも例外では無く、現行カレラSの全幅は1810mmもある。しかも、着座位置が低いから如何にも視界が悪そうだが、フェンダーライン の峰が盛り上がっているフロントは、最近のクルマには珍しくドライバーがフェンダーラインを認識できるから、意外にも取りまわりは悪くない(写真19)。 とはいっても、低い着座位置から判るように左右の下は全く見えないから、駐車場に入れる時などは白枠を確認出来ないことになる。唯一の方法は思い切って前進して、左右のフェンダーミラーにラインを移して、その 間隔が左右均等になる位置で、静かに、しかも真っ直ぐにバックをすれば、クルマは枠内にキチンと収まる。そのフェンダーミラーも、実は左右に張り出したリアフェンダーにより、視界が遮られていたりするが、これがまたポルシェらしいと思えば納得も出来る。標準幅のカレラ系でもそうだから、さらに幅広のターボやカレラ4系では、ミラーに写る邪魔者は更に大きくなる (写真20)。

これまで度々紹介してきたように、カレラとボクスターはフロント部分が共通で、しかも室内の雰囲気も似ていて、シートに至っては、表皮の材質は異なるものの事実上同じだから、ドライバーにとっての運転感覚もほぼ同一 な筈なのだが、何かが違う。どちらもシートを一杯に下げた状態で、その違いをよくよく調べてみると、カレラのダッシュボードの方が幾分位置が低めで相対的に着座位置が高く感じるのと、その分だけ前方視界が良 いようだ。 逆にボクスターの場合は、ダッシュボード位置が高く、またメーターパネルも幾分高い位置にあることから、運転時に正面を見ていても、視界の下 3分の1はメーターとなり、特にメーターを見なくても視界には常に回転計の針が目に入るから、MTでのシビアなドライブをするには実に都合が良い。この差は、一体何なのだろうか?気のせいかもしれないし、ポジションの調整の問題かもしれないが、ボクスターの方が着座位置を低く設定しているのと、ダッシュボード自体の位置が高いのは気のせいだけでは無さそうだ。この件については機会があれば、更に詰めてみたい。

カレラSには電子制御ダンパーのPASMが標準で装着されている(カレラはオプション)。既に試乗記で何度も述べているようにPASMのNORMALモード時の乗り心地の良さは、高級サルーンをも含めた比較でも 、今現在発売されている世界中のクルマの中でもトップクラスの乗り心地を実現している。特にカレラSの場合は極端ともいえるボディ剛性の高さがプラスされるから、他のクルマでは絶対に実現できない程の乗り心地で、路面の突起もスパッと一瞬で吸収するし、それでいて完全にフラットな姿勢を維持する。ただし、エンジン搭載位置からくる必然的なショートホイールベースが原因だろうか、フラットとはいっても大きな段差ではクルマ自体にピッチングが出て、僅かだがクルマがシーソーのような動きをする。 これに対してPASM付きのボクスターではクルマ自体が水平のままで上下するような感覚となるが、カレラS程の剛性はないから、乗り心地では一歩を譲るという結果になる。と、書くと互いに欠点があるように感じるかもしれないが、これは極めて高いレベルの比較であって、並のクルマと比較すれば双方とも次元が違うくらいにハイレベルでもある。

今回は充分な期間があったので、当然ながら高速道路も複数回走行してみた。試乗車にはETCが付いていないので料金所で一旦停止して通行券を取るのだが、殆どのクルマは隣のETC専用ラインを通過していくから、最近のETC普及率の高さを認識する。試乗車はRHDだったから未だ良いが、それでも千数百万円也のクルマで通行券を引っ張り出している姿は傍から見れば不思議なのだろ うか、隣のETCレーンで徐行したワゴンRのドライバーが不思議そうにこちらを見ていた。
料金所を発進してランプウェイに向かうが、後ろ隣のETCレーンから出てきたV70が強引に前に行こうとするので、2速のままでフルスロットルを踏むと、こちらに道を譲るどころか強引に前に出ようとしていた ボ○ボは、あっという間にルームミラーの彼方に消え去っていった。ATでもゼロヨン13秒ジャストの加速は伊達じゃあない。3週間限定のナンチャッテ成金中の B_Otaku だが、この長期試乗のお陰で本物の成金オヤジの気持ちを少し体験できたのが最大の収穫かもしれない、なんて思っている。
ランプウェイを適当な速度で通過後に直線になるチョッと前からスロットルを踏み込んでゆき、完全に直線になったらフルスロットルを踏む。背中はバックレストにめり込む程の加速 度を感じて、加速車線の1/3程の距離で既に100km/hに到達している。2.7のボクスターだって加速車線の1/2以内で100km/hに到達するから、カレラSのパワーの差なんて実用上は如何でも良いのだが、この超オーバーパフォーマンスが成金オヤジには堪らない。それにボクスターでは直線加速でランエボやインプSTIに負ける恐れがあるが、カレラSならば少なくとも大きく離される事はない し、 何といってもフル装備をしても乗り出し1千万には届かないのがボクスター(S)の最大の欠点だが、この点でも事実上の乗り出し1500諭吉なら成金オヤジのプライドも 充分に満足できる。
本線に入っての走行では、いうまでもなく安定感抜群で、このクルマの本来の用途が長距離の高速クルージングであることを身をもって感じることになる。BMW M3の4ℓ 420psやレクサスIS−Fの5ℓ 423psに対して3.8ℓ 355psとスペック上では1ランク落ちるように感じるかもしれないが、カレラSの1500kgという車両重量を考えればM3の1630kgやIS−Fの1690kgに比べて、馬力当たりの重量では遜色ないばかりか、トルクに対する重量では勝っているから、実際の高速加速では体感上ではライバルと殆ど変わらない。前が少し詰まった時に80km/hからの一気の追い越しは、遥か遠くの前車があっという間に近づいてくるし、速度計の針はグングンと上がり・・・・と、言えば臨場感があるのだろうが、現実にはフルスケール3 30km/hの小径メーターの9時から10時半の位置まで針が動いただけで、何のインパクトもない。そして、一般道ではボクスター&ケイマンよりもトロイと思えたステアリングも、高速になれば丁度良い安定性と、その気になれば右に左にスイスイと水澄ましのように他のクルマをパスしていくという、他車のドライバーからみれば完全にヒンシュク物の下品な運転が容易に可能でもある。


写真21
リアにギッシリと詰め込まれたエンジンは、その全容を見ることは出来ないが、その一部の姿を見ただけでも恐ろしくコストが高そうだ。
御馴染みの水平対向6気筒 3.8ℓエンジンは355ps/6,600rpmの最高出力と400Nm/4,600rpmの最大トルクを発生する。


写真19
低い視線は並みのサルーンとは違うことを肌で感じることができる。フェンダーの峰が微かに見えるために、慣れると意外に取り回しは良い。

 


写真20
モッコリと膨らんだリアフェンダーがサイドミラーの視界を邪魔する。

 

走る、曲がるは判ったから、次は止まるについて解説してみよう。”ポルシェのブレーキは宇宙一”といわれるように、この分野では他社の追従を許さないのは今更言うまでもない。そのポルシェの中でもカレラ(黒キャリパー)とカレラS(赤キャリパー)はピストン径等の仕様が異なり、勿論赤キャリパーの方が強力となっている。 そして、カレラの黒キャリパーとボクスターS(当然ケイマンSも)の赤キャリパーは事実上同じものだ。それでは、ベースのボクスターに装着されている黒キャリパーはといえば、何とカレラ&ボクスターSと基本的には同じキャリパーだったりする。 カレラSの赤く塗られたキャリパーは、高性能の証だというのは判ったが、それではボクスターSの赤キャリパーは何なんだ?という事になるが、悪く言えばハッタリ! しかし、見方を変えればボククターの上級グレードであるSは、一クラス上のカレラのベースグレードと同じというのは納得できる。では、ボクスターのベースグレードにも同じものを採用しているのは、といえば、共通化によりコストダウンを図っている、とも解釈できる。1ランクピストンを小さくしたところで原価なんて大して変わらないから、特定のグレード用に別物のキャリパーを用意するのは、返ってコストアップとなるかもしれない。何はともあれ、ポルシェという会社は性能の為ならコストアップなんていとわない程の技術者魂を見せると同時に、商売の為には多少胡散臭い事を平気でするところもある。 だからこそ、この時代に破竹の営業実績で、何とVWを子会社にしてしまうという抜群の財務内容を知らしめたわけだ。
さて、そのカレラSのブレーキはといえば、カレラ以下(カレラ、ボクスター&ケイマンのSとノーマル)に比べて、更に遊びも少なく、ペダルを踏んだ時の剛性感も上だし、そこから強く踏んだ時のストロークも短い。カレラ以下の場合は、最初にブレーキペダルに足を乗せた時に、僅かに踏力の軽い部分があって、そこからはガツっと重くなる。ただし、停車中にそこから更に馬鹿力でブレーキペダルを踏むと、意外にペダルは奥にストロークしてゆく。これが、実際の走行中の場合は、それ程ストロークするような力で踏む場面は滅多にないが、タイヤがロックするくらいの強い制動時には結構ペダルが奥に入っていき、 そのストロークと減速度は比例しているから、慣れると力と位置で自由自在に減速度の調整が出来る。こんなブレーキは他社では 見たことがなく、国産車とは出来が違うと評判のBMWでも、ポルシェのようなリニアな特性とは全く異なる。それでは、カレラSの場合は如何なのかといえば、ペダルの踏み始めから既に踏力が必要で、遊びは全く無いに等しい。そして、その後のストロークもカレラ以下の半分程度しかペダルは奥に沈んでいかない。 そして、踏力自体は多少軽いというか、幾分喰いつき感を感じるのは同じ踏力でもピストン径やローター径が大きい事で、ブレーキ力自体が大きいのだろう。だだし、これは慣れの問題もあるから、カレラ以下でも1日も乗っていれば体が適応するだろうから、全く問題はない。

次にブレーキのロックとABS作動について考えてみる。ABSが作動するとガーっという音と共に、ブレーキペダルには結構な振動を感じるから、ドライバーにとっては決して気持ちの良い物ではない。このABSの作動というのはどんな状態かといえば、タイヤがロックした、すなわちタイヤと路面との間で発生する摩擦力よりもがブレーキがタイヤを止めようとする力が上回った状態の時で、この限界は路面とタイヤの摩擦係数で決定される。実際にケイマンとカレラで急ブレーキを掛けると、ケイマンではガーっという音と共に強烈な振動をブレーキペダルに感じたのに、カレラSの時は普通に止まったという経験をしたというユーザーの話をよく聞くが、それはどういうことかを考えてみよう。ブレーキを掛けると車自体は走って (動いて)いようとする慣性が働くから、全体に前のめりとなる。すなわち、前輪の荷重は通常より増えて、逆に後輪の荷重は減る事になる。その割合は簡単な計算式で求められる。これは、重心高を H、ホイールベースをL、フロントの静荷重をWsfとすると、車両重量W、減速度比αの時の荷重は


フロント動荷重Wdf=Wsf+α×W×(H/L)

となる。文型人間には何やらチンプンカンプンという場合もあるかもしれないが、話は簡単で重心高が高いほど、ホイールペースが短いほど制動時の前輪への荷重移動は大きいことになる。
この式によりライバルを比較計算したのが下表 だ。

   

 減速度比

Carrera S Boxster M3
軽積載車両重量W(kg) 1,560 1,420 1,690
フロント Wsf(kg)   590 660 845
静荷重 (%)   38 46 50
ホイールベースL(m) 2.350 2.415 2.760
重心高 H(m)   0.48 0.45 0.50
フロント Wdf(kg) 0.5G 749 792 998
荷重 (%)   48 56 59
フロント Wdf(kg) 0.7G 829 858 1,075
荷重 (%)   53 60 64
フロント Wdf(kg) 1.0G 909 925 1,151
  荷重 (%)   58 65 68

軽積載というのはドライバー1人が乗った状況で、今回は体重を60kgと仮定したから、体重100kgのメタボ社長では条件が変わってしまうが、あくまで計算上の標準と思ってほしい。表を見て判るように、カレラSは0.6G程度の減速をした場合にフロントの動的重量配分が50%となる。 0.6Gというのは普通のドライバーが一般道で相当に強い減速を行っている状態と思えばよい。この時、カレラSは前後のブレーキをフルに生かして、タイヤのμ(路面との摩擦係数)も目一杯利用できる状態だから、ロックもなく、従ってABSも作動しない。 これが、ボクスターの場合は0.6Gではフロントが58%となり、動的荷重が42%に減ってしまったリアが先にロックを始めるのでABSが作動して、例のガッガッガッという音と振動が発生する。だから、やっぱりカレラは高いだけの事はあると思うのは間違いで、根本的にクルマの基本仕様の違いなのだ。 なお、どんなクルマでもブレーキペダルをドンドンと強く踏んでゆくと、やがては前後どちらかがロックを始めてABSが作動する。カレラはロックしないというドライバーがいたら、それは踏み込みが足りないだけのこと。ところで、M3の場合はどうかといえば、ボクスターよりも 更に条件が悪いのは当然だ。これはフロントヘビーのFR車の宿命と思えばよく、この点では2000万円超のアストンマーチンも3000万円超のベントレーも皆同じとなる。911系がレースで圧倒的な強さを見せるのも、この制動特性の有利さが効いているし、現代の本格的なレーシングカーにフロントエンジンが絶滅したのも、空気抵抗やハンドリング特性とともに、制動特性でも有利なことが原因となっている。 では、FFはといえば、急制動時のフロント荷重は概ね80%以上となるから、リアなんて殆ど効いていない状態となっている。だからFF車のリアなんてドラムブレーキで充分なのだが、 そうなるとアルミホイールから覗く無骨な黒いドラムがちょっと頂けない。
折角だからもう少し話を進めると、表で1.0Gの場合はカレラSと言えどもフロントの動的荷重が60%近くとなっている。1.0Gといえば、一般道の舗装とストリートタイヤの組み合わせに普通のドライバーが運転した場合の限界制動と思えば良い。 誤解されないうように補足すると、ここでいうストリートタイヤというのはPS2などのように、公道用としては最高クラスのタイヤと、1級国道のバイパスなどの整備された舗装の場合で、安物のタイヤと市町村道の舗装では0.7G程度と思ったほうが良い。 これがサーキットでのSタイヤ使用(と、それなりの腕と)では1.1Gを超えることになる。すなわち、リアエンジンの911系と言えどもサーキットの限界走行ではフロントの動的軸重はリアより大きくなるから、ブレーキもフロントを強化する必要がある。 これが911系の標準がフロント4ポットであるのに対して、セラミックコンポジット(PCCB)を付けると、6ポットになる理由で、PCCBは街乗りでは不可能なくらいの高度な減速をするドライバーを前提にしていることになる。


う〜ん、チョッと難しかったかなぁ(子供電話相談室の無着成恭風に)。このギャグの意味が判るあなたは、相当なオジンです、ハイ。

 


写真22
カレラSのリアは11J×19ホイールと295/30ZR19タイヤを標準とする。


写真23
フロントは8J×19ホイールと235/35ZR19タイヤを標準とする。

 


写真24
急制動時に動的な軸荷重が50:50となるRRのため、リアにも4ポットを装着している。

 


写真25
赤いキャリパーは”S”の象徴。勿論ブレンボー製の4ポットアルミ対向ピストンで、しかも一体式(モノブロック、他社は2分割式が多い)。

 

3週間に渡って、ウィークデーの通勤、休日のレジャー、そして近所のコンビニやスーパーへの買い物、さらには試乗のために他のディーラーに行くための足にと、ナンチャッてセレブ生活を楽しんだので、ここでカレラSに乗ってみての世の中の反応とステータスについて触れてみよう。 クルマの魅力の一つに、何処へでも行って見せびらかせることが出来るという独特の特徴があると思う。何を言いたいかといえば、例えば超弩級のオーディオ装置を持っていても、自宅に連れてこないと自慢が出来ないが、車ならば何処へでも出かけて 行って見せびらかし放題だから、人間が本来持っている見栄や虚栄心を満足するには実に良い工業製品であるということだ。これには異論もあるだろうが、ここは、それについて議論をする場ではないので、本題を進めることにする。

カレラSを運転して一般道を走っている時の後続車の反応としては、大型トラックは相当の確率で停車時に大きく車間距離を開けるし、その停止までの挙動も手前から徐行状態で 『絶対に当てたらマズイぞ』 と思っているのがよく判る。 BMWの場合は憧れともに、『カッコ付けやがってこの野郎』 という反感も感じる場合があるが、ポルシェというのはクルマ好きなら一度は乗りたいと思っているし、車が好きだからこそ運転手という仕事を選んだ、特に中・大型トラックのドライバーにとっては、ポルシェを見たときの共感度はBMWとは比較にならない物を感じるようだ。 更にシャコタンのヤンキーもデカイ羽根を付けた走り屋兄ちゃんも、ポルシェを発見して、リアに近づいてみたら”Carrera S”というエンブレムを確認した時の反応は、決して悪い気はしていないだろうという気がする。

IT関連や金融関係なら、サラリーマンでも30代にして高額所得者なんていう人もいるようで、そんな場合はカレラをファミリーカーにするのも薦められる。都会のど真ん中のマンション住まいならば、駐車場は月に数万円なんていうもの珍しくないから、ここに100万円の軽自動車を置く なんて普通はやらないだろう。だからクルマは1台にして、目一杯の贅沢をする。そんな生き方にはカレラ/カレラS(911)は実に良いクルマと思う。だいたいにおいて、都心で用を足すのにはクルマなんか使うよりも、網の目のように張り巡らされた鉄道(地下鉄)網を使うほうが、余程効率が良い。
それどころか中・長距離の移動でも、日本の場合は新幹線という最強の移動手段があり、あらゆるビジネスマンが911どころかブガッティ ヴェイロン並みの速度で高速巡航が可能だから 911は必要がない。もしも新幹線が無かったら、もっと早くに第二東名・名神が開通して、制限速度の問題も提起されており、この高性能車目白押しの時代に、マックスが100km/hなどという馬鹿げた法律も、もっと現実的になっていたかもしれない。皮肉にも世界に誇る新幹線は、日本の交通行政の進歩を阻み、 結果的には国産車の高速特性の向上を阻害して、お膝元の日本国内ですら一部のドイツ車に食い荒らされる結果となったようだ。

ところで、このカレラSを経費で落す事に問題はないのだろうか。
『ウチの顧問税理士の先生は税務署上がりで顔が利くから大丈夫。10年前に大学生のドラ息子(今は専務)のスポーツカーを会社の経費で落としたときも、先生のお陰で税務署もなんにも言わなかったしな。』 何て、安心していると痛い目にあうことになる。10年前には何でも言う事をきいた後輩の税務署員も、今では退職して税理士事務所経営の同業者。 調査に来た若手税務署員は、先生が退職してからの入庁だから、先生が幾ら恫喝したところで全く無視で、見事に追徴課税と相成る。 まあ、その時はその時で、何とかなるさ。あまり深く考えないで、買っちゃいましょうよ、社長。えっ?カレラSじゃあ、社長連中のゴルフコンペでよく見かけてつまらない、もっと高くて速いのは無いのか?ですか。それなら、GT3なんか如何でしょうか。はあっ、MTは 上手く乗れない、ですか? となると、ヤッパリ911ターボでしょうね。でも911ターボですらニュルでGT−Rに負けたから、これじゃゴルフコンペで自慢げにGT−Rを乗り付ける宿敵に 『性能ではこっちが上だ』 なんて優越感に浸られるのも面白くない、ですかぁ?
あーっ、もう、面倒見きれねえや!

          

追記
この試乗記を書いている途中で、998の09モデルの詳細が発表されて、ご存知のようにツインクラッチの2ペダルのPDKと呼ばれる新型7速ミッションが搭載されるようだし、エンジンは全く新設計となり、何と直噴化されるという大きな変更が行われる。したがって、今回試乗したTipSは今後は廃止されるだろうし、Tipとはいっても所詮はトルコンATによる物足りなさも改善されるだろう。
”最善のポルシェは最新のポルシェ”とは良く言ったもので、変更時点での旧型の良さや味はあるとしても、結果的には新型の方が上回っているというのは、ポルシェの常ではある。しかし、次の改良型を待っていたら、何時になっても買えない事になってしまう。”欲しい(買える)時が買い時”というのもポルシェの常識でもある。