BMW 135i Coupe (2008/4/26) 後編


 

インテリジェントキーをダッシュボード上のスロットに差し込んで、ブレーキペダルを踏んだままで、スタートボタンを押すとエンジンは目覚める。アイドリングは結構静かで振動も殆どない。先代(E46)の330iは、アイドリングで車体がブルブルと揺れたし、排気音もデロデロデロ・・・・という、チョット下品だがいかにも、という雰囲気でクルマ好きならドキドキしたものだが、このクルマにはそのような演出が一切ないのは実に寂しい。

クラッチの踏力は軽くミートも楽だから、MTの経験があるドライバーならば難なく運転が可能だ。試乗車の走行距離は1,200kmとクラッチの当たりが完全とはいえない状態だろうが、少なくとも新車状態のボクスターのように、MTの経験が相当豊富なドライバーでもちょっと気を抜くとエンストする、なんていうことはない。

走り出した第一印象は流石にトルクフルで、右足を僅かに踏み込んだだけでグイグイと加速する。以前同じエンジンを搭載する335iに試乗したときは、これほどのレスポンスは感じられなくて、な〜んだ、所詮はターボ かと思ったのだが、今回は同じエンジンとは思えないほどに低回転でもレスポンスが良かった。次に4,000rpm程度まで引っ張ってみると、スムースでバランスの良い典型的BMWシルキーシックスの特性を見せてくれる。インプSTIやランエボ等の国産ハイパフォーマンスターボ車は、4気筒2Lで同等のパワーを搾り出しているから、 これに比べれば3Lで306psの135iの場合は、ターボといっても過給圧はそれほど高くはないだろう。従って、135iには国産ターボ車のような巨大なインタークーラーや大げさなエアインテークなどは見当たらないから、この面でも”大人のクルマ”という雰囲気を感じる。

10分程走行して、クルマに慣れてきたところで、例によって信号待ちの先頭に出たのをチャンスとばかりに、青信号を確認したら1,200rpm程度でクラッチを繋ぎ、その一瞬後にフルスロットルを踏むと、上体がバックレストに押し付けられると同時に、回転計の針は一気にレッドゾーンに向かう。即座にシフトアップして2速の加速を味わい、3速に入れた頃には前のクルマが迫ってくるし、 メーターをみればこれ以上の加速はちょっとヤバイという速度に向かっているので、右足を緩めて流れに従うことにする。この時の加速感を感覚的に表現すれば、インプレッサSTIとほぼ同等だし、ATならポルシェカレラ並だから、BMW=アンダーパワーという世間の批判には全く該当しないのも、マニアにとっては嬉しい。気を良くして再度のフル加速を行うが、ここでひとつ感じたのは、どうも1速の伸びがイマイチなことだ。感覚的にミッションの減速比がローギアードな感じがする。 ということで、ライバルとのギア比の関係を調べてみたら‥‥。



結果をみれば135iは決してローギアードではなかった。各ギアでの7,000rpmの速度を比べれば、ポルシェボクスター(6MT)より僅かに低めだが、ランエボ]やインプSTIと比べれば十分にハイギアードな設定になっている。と、いうことは、135iの動力性能が強力なので、特に1速では一瞬でレッドゾーンに達するから、ローギアードに感じたのだろう か。しかし、クルマというものはそんなに単純では無い。135iは6,800rpmからイエローゾーンとなる。これに対してボクスターはイエローゾーンはなく、レッドゾーンが7,200rpmから始まる。それぞれ、6,800/7,200rpm時の1速での速度は64.7と70.7km/hとなり、やはり実際に加速した時の感覚的なものは結構異なる筈だ。 ところで135iの加速感はインプSTIと同等以上ということは、これで国産車乗りに「ビーエムなんて高けえし、遅せえし、あんなの買う奴は見栄っ張りの素人だ」なんてバカにされずに済むという ものだ。う〜ん、目出度いぞ。でも、もしかして135iの動力性能ってM3に迫るんじゃないだろうか?

ところで、上の表を見ると国産の2車のギアレシオは随分とローギアードになっている。何言っているんだ!ランエボはラリーカーなんだから最高速度は必要ないんだ、って?
でも、2ペダルのSSTで競技に出るんか?
えっ、今やF1だって2ペダルだし、競技用に2ペダルは当たり前だって?
あの、ねえ。まぁ、いっか。


写真7
お馴染みBMWのメーターは最高速度が280km/hまで目盛られている。右下に油温計が装備されているところが、並の1シリーズとは違う。

 


写真8
130iと同様にクラッチとフートレストの間隔は狭く、慣れないとクラッチを踏む左足が、フートレストの角に引っかかるが、右寄りに踏む事を体(左足)が覚えれてしまえば特に問題はない

 


写真9
フィーリングの良い6速マニュアルミッションのノブ上面には”M”のロゴがある。

 

    

 


写真10
直列6気筒、3.0ℓエンジンはツインターボにより306ps/5,800rpmの最高出力と400Nm/5,000rpmの最大トルクを発生する。
車重は1,530kgだからパワーウェイトレシオは5kg/psと、ケイマンの5.6kg/psを上回り、ケイマンSの4.7kg/psに迫る。

135iクーペは最近では珍しく3ペダルのMTで、しかもMTの輸入車としては貴重なRHDと、正に言う事無しのスペックだが、それではフィーリングはどうだろう。以前乗った130iのシフトはどうもシャキッとしなかったが、今回は実に良くなっている。ストロークは決して短いとはいえないが、抵抗無くスパッと入る感覚はボクスター/ケイマンのゲトラグ製(6MT)に近い感覚だった (写真9)。そこで気を良くして、一瞬クラッチを蹴飛ばすように踏んだ隙にシフトレバーを瞬時に動かして見ると、実に上手く決まる。これはポルシェのゲトラグ製に迫るものがあり、これだけで、このクルマを買う価値がある。

このフィーリング抜群のMTにも泣きどころがある。それはペダル配置が全体に右寄り(写真8)なことで、更にクラッチペダルと左足のフートレストの間隔が狭い。そのために、クラッチを踏む際に靴の左端をフートレストに引っ掛けることがあった。まあ、これも慣れの問題だから、オーナーになって何時も乗っていれば特に問題は無いだろう。これを読んだLHD派は、それ見た事かと言いそうだが、 それよりもRHDでMTに乗れるメリットの方が大きいのは言うまでも無い。そういえば130iのべダルも同じ配置だったが、130iのオーナーでペダル配置が合わないので早期に手放したという話は聞いたことがない から、購入予定のユーザーも気にする事はないかもしれない。

動力性能が充分過ぎるのは判ったが、それでは操舵感はといえば、これも典型的なBMWで、現代の標準からすれば操舵力は重めで、しかも中心付近では決してクイックではない。と、いってもスポーツ心に水を注すようなことはなく、これこそが伝統的なBMWで、例によって前後の重量配分を限りなく均等に成るべく設計されていることもあり、実に素直なコーナーリングを行うのもBMWそのものだ。本来なら4気筒2Lが収まっているスペースに直列6気筒の3L(しかもツインターボ)を無理やり押し込 んだのだから、バランスが悪かったり、コーナーではドアンダーだったりしても文句は言えないが、そこはBMWのこと、135iは十分に満足出来るクルマだった。今回は日頃慣れたコースとは違い、何時ものワインディング路は走っていないが、途中にセンターラインが無くクネクエとした、舗装はしてあるが農道の部類を走っ てみた。この手の道路は安全性を考えて、相当なマージンを取る必要があるが、それでもニュートラルな特性は充分に伝わってきた。また、こういう道を走る際には、絶大なトルクの135iは、3速に入れっぱなしでスイスイと走れるが、前述したスムースなミッションとともに、無意味なシフト操作をするのも楽しみとなる。

それとともに、135iのコンパクトな寸法は、決して広くは無い一般的な日本の公道では実に取り回し易い。全幅1,750mmは、決して広くは無い日本のワインディング路を楽しむには実に良い寸法だから、この面でも全幅1,810mmに肥大化してしまったランエボ]に対しては大いなるアドバンテージがある。このように幅の狭さは実に重要だから、 そういう意味では全幅1,895mmのGT−Rなどは言語道断! って、135iとは関係ないだろうと突っ込みをいれているキミのワゴンRならば、農道グランプリでは向かうところ敵無し・・・・かな。

リアに35扁平タイヤを装着していて(写真11)、しかもRFT(ランフラットタイヤ)と聞けば、ゴツゴツとした乗り心地を想像するだろうが、135iは特に荒れてない一般道ならばフラットで快適な乗り心地を提供してくれる。そして、剛性が高いボディと強力なダンパーによる、硬いが決して不快ではない乗り心地という、出来の良い欧州車では御馴染みの特性だから、 この手のクルマの経験の深いユーザーなら何の違和感も無いだろう。ただし、一定以上の段差などがあると、行き成りガツンと来るのも定石どおりだが。

ホイールから除く135iのブレーキキャリパーは、BMWとしては初の対向ピストンタイプが覗いている(写真12)。しかも、グレーの塗装に白字で”BMW”のロゴが書かれているのもBMW初だ。このキャリパーは定番のブレンボ製と似てはいるがチョッと違うようにも感じる。BMWの場合はM3やM5でさえピンスライド方式のキャリパーを使ってきたから、 突然の対向ピストン化には驚いたが、ライバルが軒並み対向ピストンを採用している現状では、BMWとしても商品性を考えれば避けて通れなかったのだろう。実際のペダルフィーリングは剛性感もあって好ましいが、軽い踏力で食いつくように効く特性は従来のBMW車に共通なフィーリングで、 これは折角の新型キャリパー採用なのだからポルシェのようにある程度の踏力は必要ながら、踏めば踏んだだけの減速度が得られる、リニアなブレーキ フィーリングにならないだろうか。そして、相変わらず軽すぎてヒール&トウがやり難いのは130iと全く同様だった。まあ、これも慣れが解決するだろうが。


写真11
(フロント)7.5J×18ホイール、215/40R18タイヤ
(リヤ)8.5J×18ホイール、245/35R18タイヤ


写真12
BMW初の対向ピストンキャリパーにはBMWのロゴも。形状からするとブレンボとはチョット違う気がするが・・・。

 

国産ハイパフォーマンスカーの代表であるランエボ]やインプSTIに勝るとも劣らない動力性能を持つコンパクトなFRクーペのBMW135iクーペは、スポーツカー全滅&ミニバン全盛時代では、マニアにとっての理想の(そして貴重な)一台となることに間違いない。 このクルマは近来稀に見るFan to Drive なクルマなのだが、唯一のネックは言うまでも無く538万円という、その価格だ。しかし、考えてみればランエボ]に135iクーペ並みの装備をしたプレミアムパッケージが車両価格約400万円(5MT)で、 さらにHDDナビとスピーカー(何とスピーカーは標準装備されていない)を付ければ、さらに30万円はかかるから、車両価格は430万円となり、その差は約100万円。それで、アンちゃん御用達で大人が乗るのは気恥ずかしいランエボと、片や今やNo.1ブラントともいえるBMWのクーペだから、むしろ100万円しか違わないのなら迷うことなく135iと考え ては、いかがだろうか。 実際に、ランエボやSTIのユーザーが135iの情報を求めてBMWディーラーに来る事も増えているとか。今までは先ずこの手のユーザーの BMWディーラー来訪はなかったそうだ。

ところで、動力性能だったらば135iに一歩を譲るボクスターの価格は、5MTのベース価格が582万円だが、これに135i並みのオプション装備を付け、しかも6MT (可変ダンパーのPASMと抱き合わせ)とすると価格は軽く700万円を超えてしまうし、ケイマンならば更に50万円高となり、総額は800万円コースとなってしまう。それではボクスター/ケイマンは無意味かといえば、ここがクルマの奥深いところで、フィーリングという面では、個人の好き嫌いもあるだろうが、やはりポルシェはポルシェで、このフィーリングを味わってしまうと、 BMWが単なる乗用車に感じてしまうのは今まで何度も指摘した事実だ。ポルシェというのはハッキリ言って別格だから、135iだけを見れば実に内容的に魅力がある。しかも、BMWとしては買い得(良心的)な価格設定でもあるから、これはもう、久々のお勧めクルマには間違いない。それに、実用性から言えば何の役にも立たないボクスター/ケイマンに対して、充分に4人乗りファミリーカーとしても通用する135iは、その面でも山ノ神の稟議も通り易い事間違い無しと思う。

と、ここで終わっても良いのだが、やはりB_Otaku のサイトとしては何やら文句、ではなく建設的な意見を述べないと許してもらえない雰囲気なので、ちょいと一言。といっても大した事ではなく、既に前半で述べたのだが、135iを1シリーズの最上級車種という位置づけではなく、ボクスターのようにマニアの為に 買い易い価格で提供するというスタンスに立って、是非とも余計な装備のない、素の135iを発売してもらいたい。さらには135iと120iの間を埋めるような、例えば125iクーペなんてどうだろうか。RHDのMTで価格は400万円台の前半というところで・・・・・・。 勿論、アイドリングはブルブルで。売れると思うんだけどなぁ。