FORD MUSTANG V8 GT COUPE PREMIUM (2015/2) 後編

  

今回は前置きが長かったことから、漸く走行編に辿り着いた状況だが、それでは早速走り出す事にする。キーを捻ってのエンジン始動で目覚めたV8 エンジンのアイドリングは、室内では結構静かだが外に出て聞くとアメリカンV8独特のマッチョというか迫力というか、まあ上品とは言えない音が聞こえるから、そのエクステリアとともに決して正しい社会人の乗り物には見えない辛さもあるが、オーナーによってはそれが魅力の場合もある。

走り出して最初に感じるのは当然ながら強大なトルク感であり、しかも自然吸気 (NA) の大排気量エンジンによる自然さが心地良いし扱いやすい。最近はターボエンジンでも低回転側から十分なトルクを発生するクルマが多いが、それでも例えば BMW M5 のV8 4.4L ターボによる560ps 600N・m という強大なエンジンもマスタングのV8 5.0L 426ps 529N・m に比べて極々低回転域ではレスポンスでは一歩を譲る気がする。

そんな状況だから、一般道の走行では有り余るトルクを抑えながら走ることになり、比較的流れの速度が速い一級国道バイパスでも巡航時に回転計を見ると何と1,000 rpm + αくらいを指していて、殆どアイドリングに毛の生えたような回転数で巡航している事になるし、そこからの加速も特にフルスロットルを踏んでキックダウンを誘わない限りは、そのギア位置のままで十分な加速をするのも大排気量 NA エンジンの成せる技だろう。ただし、大排気量 NA でも先代 (E60) M5 のように低回転ではトルクがスカスカのクルマもあるが、あれは F1 用エンジンの血筋のハイチューン V10 エンジンであり、それそこが売りのクルマだから、マスタングとは全く別の道を行っているものだ。

結局パワーウェイト (P/W) レシオ3.9s/psという動力性能は一般道ではとても試せない事もあり、高速道路へと向かう。首都高と接続する料金所はゲートを出るとそのまま本線だから、少なくとも0〜100q/h のスタンディングスタートが合法的に試せる貴重な場所であり、これを使わない手は無い。という事で、ゲートが開いて前進して広い部分に出てから一度停止してルームミラーやら左右を確認すると上手い具合に他車もいないのでここでフルスロットルを踏むが、とはいえ別にタイムを計測する訳ではないのでタイヤのスキールなどを嫌い、少し動き出してからのフルスロットルとする。それでもクルマは勢い良く加速を始めて前のクルマとは随分距離があった筈なのに、その前車はドンドンと近付いて来る。この場所では現行ポルシェ カレラSでも同じことをやってみたが、加速感はカレラS に近いものがあった。それでカレラS のP/Wレシオはといえば、3.6s/ps だから、まあ数値上では多少優っているとは言うものの高速道路とはいえ所詮は日本の公道では似たようなものだ。因みにカレラS の価格はPDKだと1,500万円超であり、マスタングGT (514万円) の約3倍!もするから、言い換えればマスタング GT は500万円で1,500万円の加速感を味わえる事になる。他にこのクラスの性能ではBMW M5などがあるが、これも1,500万円級であり、500万円級というのはちょっと思い浮かばない。

ここでチョッと話は脇道に逸れてエンジンルーム内を眺めてみると、まずは大きなボンネットカバーを開けて手を離そうとすると落ちそうになった事でこのカバーを固定するにはボディ側にあるロッドを立てカバーの穴に挿入する事が必要があることを悟る。普通はこのクラスならばダンパーでス〜っと持ち上がってそのまま保持されるのに、これではマルで小型大衆車だと言いたくなるが、それでは何故にダンパーを使用しないかという理由だが、勿論コストダウンもあるだろうが一説によるとダンパーだと古くなって油圧が抜けるようになると、カバーが落っこってきて危険なこともあるそうで、こういう場所に使う小型のダンパーを米国では上手く作れないのかと納得するところだ。ただし、米国ではダンパー部品も売っているようで、必要ならオーナーの判断でロッド式から取り替えるということだろうが、まあ自己責任で取り替えたものが故障して頭の上にボンネットカバーが落ちてきても自己責任だから訴訟も出来ないということか。というのは想像だが何しろ訴訟社会の米国であり、メーカーは防衛処置をとっているだろう。

エンジンルーム内のV8 5.0L エンジンは意外にもコンパクトというか、スペース的にも多少の余裕がある。そして何よりエンジン搭載位置を見れば、サスタワーとエンジン中心がピッタリ合っているから、前後の重量配分なども一応考慮しているのだろう (写真64) 。そして左右のサスタワーを結ぶタワーバーが見えるが、この部品は形状といい、取り付け方法といい何やらアフターマーケットの後付け部品みたいだ。なお、ボンネットカバーの裏側には当然ながら遮音用の吸音材が貼ってある。

写真61
426ps、529 N・m を発生するV8 5.0L エンジンは、想像よりもコンパクトに収まっている。

ストラットタワーには剛性アップのために補強バーがついているが、何やら街のチューニングショップの後付部品を彷彿させるが、勿論標準装備の純正部品。


写真62
エンジンのトップカバーには5.0L 32V (8気筒?4バルブ) 、TiVCT (Twin Independent Variable Camshaft Timing)、そしてストラットタワーバーには GT のエンブレムが付いている。


写真63
ストラットタワーバーはサスの取り付けボルトを利用して共締めする事もアフターパーツ的だ。


写真64
サスタワーの中心と、エンジンのシリンダー中心はピッタリと合っている。


写真65
ボンネットカバーの裏側には当然ながら遮音用の吸音材が貼ってある。しかし開けたカバーはダンパーで保持されるのではなく手動でロッドを挿入する。

動力性能の良いのは解ったが、それでは加速時のフィーリングはといえば、まあこれは個人の好みもあるが、カレラS のような如何にも高回転型の高性能エンジンのフル加速というワクワク感は無い。しかし、それは最初から想定出来ることで、それでもこれまたアメリカンV8 の太いビートが轟から、これはこれで魅力がある。いや、そのまえにシツコイようだが、値段は3分の1ですから‥‥。

中編で簡単に述べたマニュアルモードだが、写真66 のように先ずはATセレクターをDから更に引いてSに入れ、それからATセレクターの側面にあるスイッチ (写真67) を押すことでアップ/ダウンを行う。実際にやってみると、まあこの方式に慣れていない事もあるが、決して使い易い方法ではない。とは言っても、この大トルクエンジンをマニュアルモードで乗るメリットは殆ど無いから気にする事は無い。それで、マニュアル操作時のレスポンスはといえば、トルコンATとしては特に良くは無いが決して悪くないというところだ。


写真66
Dレンジの更に手前にSレンジがある。


写真67
Sレンジをセレクトするとメータークラスタ中央のディスプレイにSと表示され、ATセレクター側面のスイッチでマニュアルシフトが出来る。

走るについては有り余るパワーは解ったが、それでは曲がるの方はどうだろうか? まあ、ハッキリ言ってアメ車がパワーが有るのは昔からの事だが、これが操舵性能となると印象は良くない。何しろフラフラで曲がらないというイメージが強いし、米国のフリーウェーなんて真っ直ぐな道が延々と続くわけで、寧ろステアリングホールを少し動かして反応するくらいのレスポンスだと返って疲れるだろう。それでも最近はずいぶん良くなっているという印象もあるが、それも "以前よりは" という注釈付きであって、例えば2年ほど前に試乗したクライスラー 300 は一昔前のクラウンのように緩慢なステアリングだった。

それでマスタング GT はといえば、結論を先に言えばクライスラー 300 と比べれば全く異なり、中立付近の不感帯も少ないし、レスポンスも丁度良いくらいだ。とは言え、BMW 5シリーズみたいなのを期待するのはチョイと無理だが、例えば最近改善著しいクラウン アスリートや、一応欧州車を目標にしているレクサスGS と比べると良い勝負というか、結構特性が似ているというか、要するに米国人の好むスポーティーというところだろうか。

それでは旋回特性自体はといえば、今回は特にワインディング路を必死で走るようなことはしていないが、何時も BMW の試乗に使う地方道でのコーナーを常識的な範囲で少し速目に通過する程度ならばアンダーステアも極々弱く、特別なハンドリングマニアでも無ければこれで十分という感じで、実はこれもクラウン アスリート的だった。考えてみればBMW 5シリーズでさえ軽快な操舵性という面では4気筒の523ï が一番であり、基本的に同じボディーにV8エンジンを積んだ M5 やアルピナ B5 はどうしても軽快さで 523ï に一歩を譲るのも事実であり、その面では 5.0L V8 を積むマスタング GT も決して悪くない、というかアメ車という目で見れば驚異的な旋回性能、ということにもなる。あれっ? ちょっと褒め過ぎかな。まあこれは、言ってみれば偏差値70の生徒が90点をとると「ダメだなぁ、もっと頑張らないと」と言うが、偏差値50の生徒が70点をとったらば「おおっ、今回は頑張ったじゃないか」と言いたくなる教師の心境だ

マスタングの旋回性能をあまり期待していなかったのは、一つにはリアサスが今時珍しいリジットだと言うこともある。逆にリジット故のアメ車らしさも期待していたが、何も知らずに乗れば全く気が付くことはないくらいで、これは写真69 のように十分な長さのトレーリングアームで固定したアクスルは長いコイルスプリングとシッカリしたダンパー、そしてスタビライザーで固めるなど、下手な独立懸架よりも凝っているくらいだから、こういうのは効いているだろう。

マスタング GT は乗り心地についても欧州車的というか、アメ車らしくないというか、結構硬めだが決して乗り心地が悪いことはない。ただし、スポーティーに締め上げられたダンパーは大きな段差など大入力に対しては一瞬だが強い突き上げがあるが、普通の道路では充分にフラットな乗り心地となる。走行中のボディの剛性感はBMWとは言わないまでも充分で、特に軟な印象は無い。マスタングの場合、2ドアクーペだから開口部が少なく、さらにリアクォターウィンドも小さいなど、かなり有利なボディ形状であることも影響しているだろう。マスタング GTの 1,680 kg という車両重量は 5.0L V8 エンジン搭載車としては充分に軽量な部類だが、それでも剛性不足を感じないのは、これまた立派なものだ。

さて、最後の止まるについては、アルミホイールの隙間から覗くキャリバーは、フロントの場合アメ車的な無骨でゴッツイものでは無く、日本車のようなデザインでしかも 2ピストンを採用している。そして、シリンダーハウジングの色から日記ではこれはアルミ製ではないかと書いたが、海外のサイトで調べたらば "Twin-piston aluminum calipers‥‥" という既述があった。そしてリアについては実際に現物を見た時に妙にローター径が小さくて、そのために大径ホイールとの隙間が大きくてスカスカな印象があったが、それにしてもこのリアブレーキってもしかしてP付きではないかという疑問もあった。

ここで補足しておくとリアブレーキにはパーキング機能が必要となるが、ディスクブレーキの場合、キャリパーに機械的に動作するパーキング機構を付けたものを通称 "P付き" と呼び、キャリパーとは別にパーキング専用のドラムブレーキを持つものを "ドラムイン" と呼んでいる。そして最近のクルマは殆どがドラムイン方式となっている。ディスクブレーキというのはドラムブレーキのように自己倍力作用が無いために、ブレーキ力自体は寧ろ大きな力を必要とし、要するに効きという面ではドラムブレーキが勝るのだ。

このようにP付きのパーキングブレーキは停止時の保持力では不利となるために、普通はCセグメントくらいまでが限度であり、マスタングのような1.7トン近い車重のクルマに使っているのは稀である。しかし、P付きはメリットとして走行時にパーキングレバーを引くことでリアのみにシビアな制動力を与えられることで、要するにドリフトマシンとしては実に具合が良い。まあ、このデカいクルマをドリフト競技車に仕立てるかは別としても、RWD という駆動方式と共に、ある面貴重な存在だ。

最後になったが、走行中のブレーキの効きは踏力も適度で、さりとてちょっと踏んだだけで効きすぎるカックンブレーキということもなく、普通に走る分には何の問題もない。

写真68
最近では少数派となってしまったフロント縦置きエンジンとリアまでの長いプロペラシャフトでリアデフに継るドライブトレイン。

排気管はV型エンジンの左右から全く独立して対称となってリアまで伸びている。これによりアメ車ファンには堪らない迫力物のV8サウンドを奏でる。

写真69
リアサスペンションはリジットだが、コイルとトレーリングアームを使用していて、下手なトーションバーよりも金がかかっている。


写真70
リアブレーキキャリパーはピストン中央からレバー (赤↓) が出ていて、これをワイヤーで引くことで駐車ブレーキとして作動する。

写真71
フロントブレーキキャリパーは片押しとは言えアルミボディの2ピストンを使用している。

リアはパーキング機構を組み込んだP付きタイプで、小型化されているために大径ホイールとの隙間が多く、見栄えは良くない。

マスタングGT の走行性能は全く意外なほどに出来が良く、500万円代という価格を考えればそのコストパフォーマンスは抜群でもある。とは言え、言い代えれば一般ユーザーからすれば信じられないような全近代的な部分は無いから、逆にそれを自慢して悦に入るという楽しみも希薄ではある。クルママニアでも変態に成れば成る程信じられないような欠点を逆に自慢するもので、シトロエンのユーザーの集まりでは如何に常識外のトラブルに遭ったかを自慢し合うという噂もある。

今回のモデルは多少売れ残った在庫があるかも知れないが、今後は春に発売される右ハンドルバージョンに主力が移るだろう。しかし、これはリアサスが独立になるなどアメ車らしく無い面もあるが、走行性能は更にアップしている可能性もある。既に昨年から新型に移行している米国のサイトで調べると、下位モデルは確かにダウンサイジングのターボエンジンだが、今回のV8 エンジンをほぼ引き継いだモデルもあるようだから、これを選べばアメ車らしさに浸れることになる。

ということで欧州車ファンの読者諸兄も、春にニューモデルが出たらば一度騙されたと思って試乗してみるのも良いだろう。何しろ直4 2.0L ターボ 184psのBMW 420i の予算で、V8 5.0L 400ps 超が買えてしまうのだから。

さてここでマスタングを何かと比較する特別編について、相手は何にしようかと考えた末に下記のようになった。その経緯については特別編の冒頭で述べている。

ここから先は例によってオマケだから、言いたい放題が気き入らない人達は、読まないことをお勧めいたします。

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