Abarth 500 (2013/5) 後編
  

シートに座ると現代のクルマにしては高い着座位置と、元々狭い全幅(1,625o)からマルで商用車かと思うような雰囲気さえ感じるが、まあこれも個性だろう。実は走行中に偶々後ろにボクスターが追従した状況となったが、ルームミラーに映るボクスターの低いこと! さてシート位置を調整して足元のペダルを確認すると、MTだから当然ながら3つのベダルがあるのだが、流石に左ハンドル(LHD)だけあって位置は適正で、しかも左端には立派なフートレストが付いている(写真34)。欧州製ホットハッチについては、LHDに明らかなメリットが認められるどころか、RHDには無理なペダル配置や左側にブレーキのマスターシリンダがあるためにブレーキフィーリングがメタメタなど、とても勧められないクルマも多い。

エンジン始動はインテリジェントキーを‥‥何てことはなく、オーソドックスなキーを差し込んで、クラッチを切って‥‥という安全装置なんて有るわけもなく、そのままギアがニュートラルになっていることなどの常識は自己責任で確認してからエンジンを始動する(写真32)。アイドリングは明らかな振動、それもグルン、グルンというような少し長い周期で共振するような感じで、人によっては不快かもしれないが、こういうクルマを買うようなユーザーならばアバタもエクボで、結構喜ばれるだろう。なお、この振動はポルシェ911のような如何にも高性能車という迫力や雰囲気とは違うが、価格帯が違うので当然ではある。

クラッチは軽くてミートポイントも解りやすいので発進は容易であり、RHDではあり得ないくらいの大きくて広いフートレストは位置が高くて、右に平行移動してクラッチを踏めるなど、MT車のマニアがLHDを好むのは単なる見栄や拘りだけではないことが判る。今回は公営の有料駐車場内でクルマを受け取ったので場内をユックリと出口に向かって進むが、小排気量ターボでしかもイタリアンホツトハッチの代表格であるアバルトという先入観念を見事に裏切って、低回転域からのトルクやレスポンスも決して悪くない。場内の狭い通路を直角に曲がった時に感じたのは、全幅が僅か1,625mmの小型車の割りには、思った程には取り回しが良くない事に気が付いたのだが、原因は回転半径の大きさのように感じたので、スペックを調べてみたらば、何と回転半径は未発表だった。

駐車場の出口では自動精算機を使用するが、精算機は右のウィンドウから操作するようになっているから、LHDでは一度降りてから反対側に回って支払いをすることになり、LHDのデメリットを行き成り味あわせてもらった。後ろのクルマはタップリと待たされる訳で、この時はクラクションを鳴らすような短気(下品)なドライバーでは無かったようだが、場合によっては勝手に切れて文句を言われそうだ。まあLHDの場合は多くが大型セダンであり、前回の試乗記に出てきたブラックのボディにサンシェードの付いたクライスラー300C(実はRHD化されているが)などのように、チョッと危ないドライバーを想像する場合には流石に早くしろとは言わないだろうが、アバルト500では迫力に欠けることは間違いない。


写真31
ライトスイッチは日本車的にスタリングコラムから生えるウィンカーレバーに組み込まれている。


写真32
エンジンの始動はステアリングコラム右側のキーホールにキーそ挿して捻るというオーソドックスなものだ。


写真33
ミッションは今時貴重な5速MT。


写真34
左ハンドル(LHD)だけあって、ペダル配置とスペースに文句はない。小型の輸入MT車はLHDに限る。

早速走り出してみると、低回転域でもある程度のトルクがあるが、そうはいっても本気でホットハッチらしくなるのは3,000rpm以上からで、ここからの加速は中々の物だ。とは言え、1,110kgのボディに135psだからP/Wレシオは8.2s/psであり、これはアテンザ ワゴン25Sの7.8kg/psにも負けている事になるし、オヤジセダンの代表であるクラウンロイヤル(2.5L)の7.6s/psだってアバルト500を上回っている訳で、要するに排気量には敵わないということだ。では良いとろは何なのかと言われえば、イタリアンフィーリングというか、フルスロットルで高回転時の一気に吹け上がる感覚というか、まあイタ車好きファン以外には理解出来るかは微妙なところだ。

アバルト500のミッションは5MTであり、そのフィーリングは残念ながらFF車によくある剛性感の無くゴムっぽくって不正確なものであり、素早いシフトはチョイと無理か。それでもオーナーとなってコツを覚えれば何とかなるのかもしれないが、ゲトラグやZFのようなフィーリングは求めるべくもない。特に左右方向のストロークも大きいから左手前の2速から右奥の3速にシフトアップする際には、一度ニュートラル位置で確実に右に送ってから前に押し出す必要があり、斜め前に一気に入れるような事をやるとニュートラルで引っかかることになる。


写真35
正面のメーターは目盛が細かく、更に速度計と回転計が同心円で表示されているので慣れないとかなり見辛い。左の小径メーターはブースト計で、如何にもマニア向けだ。


写真36
センタークラスター上のSPORTスイッチを押す毎にON、OFFを繰り返し、SPORT時にはメーターの中央部ディスプレイに表示されるが、文字は小さく視認性は良くない。

写真38
直4 1.4Lターボエンジンは135ps/5,500rpm 18.4kg-m/4,500rpmを発生する。カムカバーは真っ赤にサソリのマークという、これもアバルトらいデザインだが、ボンネットを開けないと判らないところが勿体無い?

アバルト500という名前を聞いただけで異様にクイックなステアリングを想像するが、実は意外とマイルドであり、極普通に走る分には一般的なFF車だが、ひとたびアクセルを踏み込んでターボが掛かってくると強力なトルクによるトルクステアを感じるし、今まで軽めだったステアリングも行き成りグインっとセンターに引っ張られて、そこからはステアリングを回すというよりもねじ伏せる、と表現するべきだろうか。と、まあちょっと大げさに書いたが、実はアバルトというイメージからすれば思いの外大人しくて、急加速時だってミニクーパーSのように行き成り1mくらい横っ飛びする事も無い。

今回は峠マシンみたいなクルマの試乗としてはどうもイマイチの場所であり、途中のいくつかのコーナーが唯一それらしい場所だった。ここでのアバルト500の挙動は速度は低めでトルクも掛けずに素直にコーナーに入れば、結構ニュートラルで安定しているが、一度トルクをかけると如何にもFF車らしいアンダーステアを発生する。そして前述の強いキャスターアクションを感じるステアリング特性だから、ここはコーナー入口で荷重を前に移動して云々‥‥という、例の走り方をすれば多分速く回れるのだろう。

さて乗り心地はといえば、これが意外にも重厚というと大げさだが、この小さなホットハッチということからすれば乗り心地の良さに驚くほどだ。特に軽量ボディがポンポンと跳ねるような挙動は一切感じられなかった。と、ここでスペックをチェックしてみるとアバルト500の車両重量は1,110kgであり、これは思ったよりも重いようにも感じるのは、ベースとなったフィアット500がベースモデル(1.2 ポップ)ならば1,000kgを僅かに下回る990kgという数値が頭の片隅にあったからだが、アバルトは120kgも重いのだった。ところで、その1,110kgという車両重量は国産車では何に相当するかといえば、例えばカローラ フィールダー1.5X MTの1,120kgと同等であり、カローラ フィールダーといえばCセグメントワゴンであり、そうしてみるとやはりアバルト500は決して超軽量という訳ではなかったのだ。なお、標準装着のタイヤは195/45R16 という最近の常識では意外に大人しいサイズであり、これが乗り心地の良さも反映しているのだろうか?

アバルト500のブレーキは極普通の鋳物製シングルピストンの片押しタイプだが、ホイールの隙間から覗くキャリパーは赤く塗装されていて、まあVWもスポーツモデルでやっているし、ゲルマン人でさえやっているのだからラテン系がやらない訳が無い。とはいえ、人によっては「お前、自分で赤く塗ったのか?みっともねぇ!」なんて言う奴もいるから、オーナーとしては「じょ、冗談じゃねぇ。俺は無実だ!」なんて叫んだところで、マスコミがアイツがやったに違いないというデマをワイドショーで毎日流しているから、テレビ命のB層は「そうか、ヤッパリあいつが自分でキャリパーを赤く塗ったんだ」なんていうことになって、それでも裁判官は解ってくれる、と思ったらば証拠は全然無いけど世間でも怪しいといっているから推認で有罪!って、あれっ、話がおかしな方向に行ってしまった‥‥かな?

それで実際のブレーキフィーリンはといえば適度な踏力で遊びも少なく、文句をいうところは無いのは、試乗車が左ハンドル(LHD)であったためにブレーキシステムもオリジナルであった事も良い結果になった理由だろう。


写真40
ホイールはアバルト専用でタイヤは195/45R16という意外に大人しいサイズが付いている。


写真41
ブレーキキャリパーは極普通の鋳物製片押しタイプだが、見てのとおりで赤く塗装されている。

今回は結果的に絶賛の高性能、という訳には行かなかったのは簡易試乗記ではなく本編の試乗記での評価であるのが原因でもあり、ここは911やM5が勝負する土俵だった訳で、いくらクラスでは高性能とはいえ軽自動車より少し大きいだけのAセグメント車であり、言ってみればフライ級のチャンピオンとはいえ、ミドル級以上で戦ったらばチャンピオンどころか並の選手と戦っても苦戦する、みたいな状況だから、決してアバルト500の性能に問題が有るわけではないが、アバルトファンからすれば納得が行かないだろう。

それに今回の試乗記を見てもらえば、クルマ好きならば魅力を感じるのは間違いないだろうが、では実際にこれを買うとなると、300万円の投資云々の前に日本に何箇所も無いディーラーにコンタクトをとって、商談になって、実際に買うまで行くユーザーは余程の思い入れが必要だろう。やはり、こういうクルマは極々一部の、アバルトに惚れ込んだ超マニア(!)向けというのが結論だ。

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