BMW (F10M) M5 (2012/9) 後編

 

運転席に座って感じるのはシートの出来の良さで、左右のサポートも完璧でいて窮屈な締めつけ感もないし、レザーの座面は滑ることも無く、体のサポートも言うことなしであり、これなら何時間でも連続運転ができそうだ。BMWのシートはシリーズによって大分差があり、最近は随分改良されたとはいえ3シリーズはイマイチで、5シリーズは成る程3シリーズよりランクが上だと感じるのだが、その5シリーズと比べてもM5のシートは群を抜いている。そしてエンジンの始動はインテリジェントキーとプッシュボタンという今では当たり前の方式だが、この方式は元々BMW7シリーズ辺りから始まったものであるから、M5にこの方式が付いているのは当たり前ということになる。エンジンが始動すると、高級サルーンとは一線を画す高性能っぽい音と多少の振動を感じるが、これは単なる演出だろう。先代M5の場合はレーシングエンジンの血を引くV10だから、それこそF1マシーンを彷彿させる独特の音がしても当然だが、今度のM5は550iサルーンのエンジンを更にチューンナップしたものだから、この音と振動は確信犯での演出ということだと思う。

M5のセレクターは当然電子式だが、他のBMW各車とは異なり短いレバーを右に引く(倒す)ことでDに入る。この短いレバーを左右に動かして選択するのは先代(E60)から続くM5の伝統であり、他の5シリーズとの差別化でもあるのだろう。M5のミッションはBMWとしては数少ないDCTタイプであり、その面でもオペレーションが異なる意義は十分にあるが、慣れないとちょっと面食らうのも事実だ。 ゆっくりとアクセルを踏むと意外にスムースに発進するが、トルコンATと間違うくらいに滑らかなVWのDSGに比べると多少のギクシャク感はある。国道バイパス沿いの駐車場から行き成り本線に入り、ここで2/3程度スロットルを踏むと、即座にシフトダウンが起こりクルマは強烈な加速であっという間に巡航速度に達する。そしてエクゾーストノートも如何にもスポーティーな音で、高級サルーンには似つかわしくない、良く言えば高性能車らしい、悪く言えばちょっと下品な音がする。

今度はマニュアルモードを試してみる。赤信号で停止するときに先頭となったのを幸いに、セレクターレバーを再度右に倒しマニュアルモードにする。このセレクターは右に倒すことでDとSを繰り返すようになっている。青信号でフルスロットルを踏むと強烈な加速と共にあっという間にレッドゾーンに向かう回転計の指針を見ながら、右のパドルスイッチを引くと一瞬で2速にシフトアップされ、その瞬間に回転数が下がったのと同時にエンジン音もその分音程が下がるが、これらは殆ど切れ目なく動作する。それでは、先日乗ってそのレスポンスに感激したポルシェ991のPDKと比べてどうかといえば、う〜ん、ポルシェの方が更に上に感じるが、それは極めて高い次元の話で、しかも本当に僅差だ。このM5には異母兄弟(?)にあたるアルピナB5がいるが、B5とM5ではキャラクターが違い、同じ高性能でもB5が品の良い紳士的な中に高性能を隠しているのに対して、M5は高性能を前面に出しているから、フィーリング上はM5の方が高性能車に感じるが、実際にはそれ程違わない筈だ。更にB5はトルコンATの為に当然スリップがあり、これがマイルドになる原因なのだが、M5はDCTの為に良く言えばダイレクト感があるが、悪く言えばこれまた下品でガキっぽい。まあ、この違いは両社の考えからからして実に納得出来る訳で、棲み分けもしっかり出来ているに違いない。

マニュアルでのシフトアップが迅速なことは判ったので、今度はシフトダウンを行ってみる。4速、2,000rpmで走行中に左のパドルを一段引くと、間髪を入れずに回転計の針が2,700rpmまで跳ね上がり、この時に一瞬のブリッピング音が聞こえてショックも殆ど感じない状態でクラッチがミートされた。この時のレスポンスもポルシェの最新PDKよりは微妙に遅いが、世間の常識からすれば極めてレスポンスが良い事になる。また、この時のエンジン音も実に気持ちの良い音で、ドライバーは如何にも高性能エンジンを操っていいる気分に浸れること間違い無しだ。ポルシェの場合は元々DCTという機構を考えた本家だから、当然ながら多くのノウハウを持っているだろう。なお、ポルシェのPDKは、開発についてはポルシェのようだが、実際の製造はZFが担当しているらしい。そして、BMWのDCTはゲトラグ製といわれている。本来はBMWとZF、ポルシェとゲトラグの関係が深いと思っていたが、そうでもないようだ。

ここで新先代M5と現行アルピナB5、それにポルシェ911(991)を加えて各社のギア比を比較してみる。

 

表を見て気がつくのは、新M5は6速で最高速度に達し7速は巡航用だということだ。これに対してアルピナB5は8速が全てクロスレシオとなっていて、8速で最高速度に達する設計だから、8速もあるのに巡航用ギアは無いという、滅茶滅茶スポーティーな設定となっている。普通考えたらばキャラクターからしてB5が巡航ギアを持っていて、M5がクロスレシオと思うのだが、何故か逆となっている。そして先代M5はといえば、最高速度の330km/hは最高出力の7,750rpmで発生する。これはでは、巡航ギアどころか回転計の指針がレッドゾーンに近い状況で、8,000rpm弱というレージングカーのような世界で達成するという、新型とは全く異なる体育会系丸出しの特性になっていた。ポルシェ911の7速PDKは新M5と同様で6速で最高速度に達し、7速は巡航ギアとなっている。


写真21
エンジンスタートはインテリジェントキーとプッシュボタンという今では当たり前の方式だが、これは元々BMW7シリーズ(E65)が本家だった。


写真22
5シリーズとあまり変わらないメータークラスター内だが、速度計のFSが330km/hであることが、このクルマが只のセダンではないことを物語っている。


写真23
先代M5から踏襲したセレクターは他の5シリーズとは操作方法が異なる。右に倒してDとSを繰り返し、前後でダウンとアップのマニュアル動作、そして左でニュートラルとなり、そこから上でリバースとなる。


写真24
ステアリングに組み込まれたパドルシフトは右でアップ、左でダウンというオーソドックスなパターンになっている。勿論、スイッチ自体の出来も良く、見るからにカネが掛かっていそうだ。

 

先代M5の場合は通常は400psモードでスイッチで走行し、これを500psモードに切り替えることで本来のM5の性能を発揮したり、瞬時に繋がる筈のSMGも通常は耐久性のあるモード、すなわちレスポンスのあまり良くない状況で乗ることになり、本当の良さを満喫するにはスイッチの切り替えなど段取りが必要で、これは極めてマニアックではあるものの、強度のおたくというか変態ならともかく、並のクルマ好き程度では使い難さだけが目立ってしまっていたから、その面では今回のM5はBMWとしての反省が込められているのだろう。

それで、新M5のモード切り替えはといえば、使い易さを考えたと言ってもそこはM5であり、550iを踏襲したB5とは異なっている。今回は時間の関係からミッションのレスポンスを変化させる程度しかトライ出来なかったが、大人しいモードに入れてみたらば、折角のDCT方式のメリットが消え失せる程にトロくなってしまった。という訳で、それ以後はデフォルトのモードで走ったが、デフォルトではイマイチ遅くてM5らしさが無い先代モデルと違って、そのままで十分にM5らしさを堪能できた。

M5もB5も、そして911(カレラS)も、これら1,500万円級の高性能車はスタートから4.5秒程度で100km/hに到達する性能を備えているが、まあ一般道ではそれ程の性能は必要ないのだが、それでも偶にはやってみたくなるのが人情で、それこそが、これら高性能車を持つ満足感でもあるわけだ。そして、これらのクルマに共通しているのは凄まじい加速ではあるが、加速中の挙動は安定していて、ドライバーもパッセンジャーも、恐怖感や危険は全く感じない。ただし、背中をバックレストがめり込むくらいに押し付けられるが。それなのに急加速は危険、という警察や世間の考えがあるのは、安物のクルマを基準にしているからで、ヤンキー兄ちゃん達の急加速はキーッというタイヤのスキール音や、空転による煙まで出して、ついでに大きく尻を振って(たまにはスピンして)傍から見れば如何にも危険な行為をしているように見える訳だ。それで、ヤン車と言われるクルマのタイヤを見たらば250くらいのサイズだったが、M5は295、ポルシェ911ターボに至っては305であり、それでも決して無理ではなく、ちゃあんとフェンダーに収まっているのは、最初からそのように設計してあるからだ。ヤンキー御用達の旧旧シーマの時代にはスポーツグレードでさえ215/60程度だったから、250を入れるには大騒ぎだった。だだし、ごく最近の国産車では、特にEセグメントのレクサスGSやフーガクラスでは標準で265くらいは当然のように装備しいるし、メーカー系のコンプリートカーでは更に幅広も設定されていたりする。

写真25
V8 4.4Lターボにより500ps 69.3kg-mという強大なトルクとパワーを発生するエンジンだが、先代のV10エンジンのようにボンネットに強引に押し込んだという雰囲気ではない。


写真26
このMのロゴを見ただけでも感動ものだ。


写真27
ボンネット先端くらいに浮き上がるヘッドアップディスプレイ。近くが見辛い年寄りにはありがたいが、本来は視線を変えずに認識できることが最大のメリットだ。

先代同士の比較では、明らかにガチガチのポルシェ911に対して、BMWらしく多少の緩さ(ポルシェに比べて)を感じるM5だったが、今回は両車のフィーリングが近づいたようにも感じる。その一つには、ポルシェが991では997程の剛性感の演出をしないで、多少マイルドな味付けにした傾向があるのに対して、M5は各部に硬さを求めたことで、両車のフィーリングが近づいたことになったのだろう。まあ、そうは言ってもリアエンジンでスポーツカー専用のシャーシーを持つ991と、高級ミドルセダンをベースにしたM5では、元々カテゴリーが違う訳で、それにしては今回のM5は良く頑張ったと思う。

新M5のステアリングは意外と普通?というか、サルーンに比べてズッシリと重かった先代M5に対して、535iと比べてもそれ程重たいとも感じなかった。そして、B5がフロントの重さを意識させる重厚なフィーリングだったのに比べて、新M5は意外に軽快だったが、それでも523iと比べれば結構重々しいのは仕方がない。今回の試乗はいわゆるちょい乗り程度なので、ハンドリングがどうのと評価をすることは出来ないが、流石にこれ程の高性能車だから、一般道では全く破綻の無い挙動を示す。ただし、しつこいようだが523iのようなニュートラル感はない。とはいえ、実際の限界は当然ながら523iよりもM5の方が上だろうが、まあ、523iですら並のドライバーでは一般道で限界に達するのはまず無理だから、そうしてみれば似たようなものかもしれない。

M5に限らすBMWのMモデルはブレーキをケチっていて、憧れのM5を買っていざフロントホイールのスポークの隙間を見たらば、黒くは塗ってあるものの5シリーズサルーンと同じ片押しキャリパーが覗いているのをみて、ガックリとしたオーナーも多いだろう。ところが新型M5の場合は、写真のようにフロントはブルー塗装にMのロゴまで付いた対向ピストンとなって、これならM5オーナーのプライドも満たされそうで目出たいことだ。だが、しか〜しっ、リアはなんとセコい片押しタイプで、しかもフロントに比べてやけに小さい。こんな小さいリアキャリパーでOKということは、実はこのクルマは結構なフロントヘビーなのかもしれない。まあ、V8にツインスクロールターボとその補機類をドカンと積んでいるのだから、フロントが重いのは当然かもしれないが・・・・・。

見かけは圧倒的に良くなった(リアはショボいが)新型M5のブレーキだが、それでは実際にペダルを踏んでみると、対向ピストンの割りには遊びが片押しタイプと変わらないくらいあり、如何にも対向ピストンを装着している、というフィーリングが感じられなかった。一般に対向ピストンは左右の隙間をそれぞれのピストンが吸収するので、1個のピストンで両方向の隙間分が踏み始めの遊びとなる片押しタイプに比べてペダルを踏んだ時に殆ど遊びを感じないで効き始めるフィーリングが多いのだが、この点ではM5はチョイとイマイチだった。


写真28
フロントには遂に対向ピストンキャリパーが採用されたが、リアはしょぼくて小さい、というか535iと共通品をブルーに塗装しただけ。
前後でこれだけキャリパー容量な違うのは、フロントヘビーな証拠でもある。

先代の超マニアックなメカの塊から一転しての市販エンジンベースのチューニングによる大パワー、太トルクという方針変更は、M=特別なエンジンを搭載するという従来のセオリーを破り捨てたわけで、Mファンにとっては寂しいものもある。この兆候はM135iのように市販の135iのチューニング版にMという名称を与えたことで既に感じていたが、この場合は3桁の名称が示すように”Mパフォーマンス”というシリーズであり、今回のようにM5という本物の名称でも同じ路線でというのはチョト納得がいかない気持ちもある。だから、今回のM5は言ってればM550iというべきかもしれないが、それでは5シリーズのフラッグシップモデルが無くなってしまうなど、苦しい状況もあったのだろう。

と、まあ悪口を言ってはみたが、新M5の性能自体は決して悪くはないし、1,500万円也に相応しいと言えなくもない。この価格帯にはアルピナB5を始めAMG63、そして性格は異なるがポルシェ911やジャガーXKRなどのスポーツカーもあるし、もうこれはユーザーの趣味も問題だろう。えっAudiを何故無視する!って、いやぁ実はAudiの高性能モデルを調べたみたら、M5と同じEセグメントのA5の場合、RS5では1,200万円という価格と450psというパワーで、これはワンランク下のクルマとなってしまう。まあ、調べないと判らないということ自体が、個人的にアウディを評価していない証拠でもあるのだが。

という訳で 、クルマに1,500万円もの投資ができる財力や、優秀な顧問税理士をお持ちの一部の方からすれば、我々貧乏人が何を言おうと、我が道を行くのだろう。それに買ってみて気に入らなければ、買い換えればいいだけの話だし、そうなればマタマタ選び、悩む楽しみを満喫できるということになる。さあて、皆さん、クルマ選びの前に収入アップを考えましょうか、ねぇ。

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