BMW 640i Gran Coupe (2013/2) 後編
  

ドライバーズシートに座ると正面のメーター類やセンタークラスターの機器類、そしてコンソール上のATセレクターやパーキングスイッチなど、5シリーズに慣れていれば全く違和感はないが、少し視線を上に向けるとルームミラーに位置がやけに低くて眼前に迫っていることに気が付く。シート自体は5シリーズと同様にたっぷりとしたサイズで、この辺は1や3シリーズと大きく異る点でもある。試乗車はM Sportのためにスポーツシートが装着されていたが、サイドサポートもそれ程キツくないし座面もガチガチではなく、しかも表面の一部が多少柔らかく、3シリーズと異なり座面のセンターにアルカンターラを使用しているので滑ることもない。同じM Sportとはいっても何故か3シリーズの場合は座面センターがファブリックでアルカンターラはサイドに使われている。滑りにくい素材を使ってサポートを向上させるのなら、6シリーズのようにセンターにアルカンターラを使うのが理に適っていると思えるのだが、何故に3シリーズはあのような構成をとるのだろうか。

エンジンの始動はBMWに共通なセンタークラスター上部右端にある丸いスイッを押すことによる(写真1)。そして、ブレーキを踏みながらコンソール上の電子式ATセレクター右側面の解除ボタンを押しながら手前に引いてDレンジを選択し(写真42)、同じくコンソール上のセレクター手前にある電気式パーキングブレーキのスイッチ(写真43)を押して解除してから発進するのは、5シリーズ以上のBMWに共通の方式だから5シリーズオーナーならば何も考えずに操作出来る。

今回のディーラーも国道バイパス沿いのために、クルマの流れが切れるのを待ってから、左にステアリングを切ってハーフスロットルで加速したが、その瞬間にスムースな回転と充分なレスポンスのBMWシルキーシックス独特のフィーリングを感じた。これこれ、この感触! この処、忘れていたが、これこそがBMWの魅力であり、最近のダウンサイジングされた4気筒ターボでは、この感覚は味わえないものだ。50~60km/hの流れでは、回転計の指針は1,500rpm位を指していて、それでも45.9kg・mという大トルクを1,300rpmから発生するという特性の為に、少し踏めばシフトダウンすることもなくスムースに速度を上げてくる。

そのうち前車が信号で左折の為に減速して、こちらも速度が15q/hまで落ちたところで2/3ほどスロットルを踏んでみると一瞬の遅れで、あれっキックダウンしないのかな? と思った瞬間にエンジンの回転数がビョンとアップ(約1,600rpm)すると共に加速を開始した。勿論、ここでもシルキーシックスらしいスムースさで5,000rpmくらいまで気持ちよく回ってシフトアップされた。この加速感は以前試乗したV8エンジン搭載の先代650iカブリオレに近いものがある。確かに640iの3Lターボのトルクは45.9kg・mであり旧650iはV8 4.8L で50.0kg・mだから、重量の重いV8のハンディを考えれば、同等のトルクが有ることになる。


写真41
インテリジェントキーとプッシュボタンによるイグニッションスイッチ。


写真42
ATセレクトレバーは最近のBMW各モデルに共通の電子タイプとなっている。


写真43
5シリーズと共通の電気式パーキングブレーキスイッチ。引くとブレーキがかかり、押すと外れる。オンオフスイッチではなくあくまでの電動式。


写真44
5シリーズと基本的に共通ながら、中央左の速度計下部の燃費計が表示される。

今度は今までデフォルトのコンフォートで走っていた走行モードをスポーツに切り替えてみる。50q/hで走行中にコンソール上のSPORTと書かれたスイッチ(写真45)を押すと、正面のディスプレイにはSPORTの文字が現れるが、例によって小さくで視認性は良くない。そして、スポーツモードに入った瞬間に回転計の指針は500rpmくらいビョンと上がる‥‥‥と、考えていたのだが変化は無く、回転計は相変わらず1,500rpmを指している。

次にマニュアルモードを試してみる。先ずはDレンジで巡航中に左のパドル(写真46)を引いてみると、僅かなタイムラグの後にシフトダウンが‥‥起こらない。あれっ?この機能は無いのかと思い考えていると、やや遅れてシフトダウンが起こった。この手の使い方は下り坂などでエンジンブレーキを必要とする時に使うのが本来だが、それにしても何故こういう動作をするのだろうか。試乗中にランダムに3回ほどチャレンジしたが、何れも結果は同じだった。そして、次にはセレクターレバーを左に押してマニュアルモードにする。ここでも1,500rpmで巡航中に左のパドルスイッチ(写真46)と引くと、僅かなタイムラグの後にシフトダウンが‥‥起こった。そしてもう一度左を引いてみると一瞬遅れて指針は2,500rpmまでビョンと跳ね上がる。それならと、更にもう一回シフトダウンを試みると遂に3,000rpmまで上がった。そして更に調子に乗ってもう一度左のパドルを引いたら、こんどは5,000rpmまで跳ね上がり、こんな高回転域でもエンジンはスムースに回っているし、音も静かで実にジェントルなエンジン特性を魅せつけられた。逆に言えば、腹に響く重低音や耳をつんざく高音などはほとんど聞き取れないから、ドライバーによってはチョット物足りないかもしれない。

AT車のマニュアルモードというのは所詮オマケだからマッハのレスポンスを期待するのは間違っているのだが、最近はDCTタイプの装着車も徐々に増えていて、特に出来の良いDCTと比較する悪い癖がついてしまったのかもしれない。だだし、トルコン式だってDCTには無い良さが有り、それはDCTの場合はスタンバイ中の他系統(偶数と奇数)の選んだギアが目論見違いとなると決して速くないことだ。すなわち、4速巡航中の他系統が5速で待機しているのにシフトダウンを選ぶと、5速から3速に入れ替えてからクラッチを切り替えるために、突然反応が悪くなると感ることだ。これに対してトルコン式ならばアップでもダウンでも同じ条件で動作可能だから、平均して適度に速いレスポンスとなる。

数年前のBMWだったら、走行モードをスポーツにした瞬間にシフトダウンと共に回転数は上がり、レスポンスもチョッとやり過ぎくらいに良くなるし、エコを選ぶと途端にレスポンスは悪くなり少しくらい踏んでも加速をしないなど、いくらエコとはいってもこれでは使い物にならない、という状況だったが、今回の640iは各モードの差が少なくなり、COMFORTに比べ少しづつ変化するような設定だった


写真45
これもBMWの全モデルで基本的に共通なモードセレクトスイッチ。


写真46
マニュアルシフト用のパドルスイッチ。

ここでいつものようにグランクーペのギア比を他車と比較してみる。

  

最近のBMWは3シリーズから7シリーズまでの8ATのギア比を完全に統一しているから、今回の640iグランクーペも8速のギア比全てが同じでも驚かないが、ファイナルギア比については740iや535iと比べると随分と低くなっている。もしかして標準タイヤの外径が違うため、それを補正するのかと思ったが標準タイヤは535iと同じ245/45R18であり、タイヤ外形の補正とは思えない。なお、640iの2ドアクーペもグランクーペと全く同じ低めのギア比であり、結局6シリーズがなぜローギアードなのか理由は解らなかった。

写真47
N55B30A 直6 3.0Lエンジンは型式は535iと同一だが、性能は14ps 5.1kg-mアップの320ps 45.9kg-mを発生する。

グランクーペの操舵力は軽い部類であり中心付近の不感帯も適度にあるが、それよりも何となくセンタリングがシャキッとしないというか、以前のBMWのようなズッシリ感が無くなっているのは、640iに限った訳ではないが、何となく寂しいものがある。ただし、言い方を変えればBMWの操舵感はMモデルでさえ中心付近は多少ダルいのが伝統であり、E60でアクティブステアリングによる異常にクイックな特性になったのが寧ろ特例だった訳で、その意味ではグランクーペが本来に近いということもできる。それで今回の試乗コースでは本格的なワインディング路が無いことと、途中の貴重なコーナーの幾つかは40q/hでヨレヨレ走るADバンに前を阻まれるという悪条件だったので正確なことは言えないが、それでも何箇所かのコーナーでの挙動をみると、弱いアンダーステアでそう簡単には限界を見ることは出来なさそうな安定した挙動だったが、4気筒ターボにダウンサイジングしてフロントに軽い4気筒エンジンを積んだ528i以下の5シリーズセダンのような軽快さは持ち合わせていない。グランクーペは車幅が1,895mmと殆ど1.9mもあるのだが、そのわりには一般道を極普通に走っていれば、広すぎる幅で苦労するという事はない。とはいえ、これがワインディング路となったら話は別で、そういう意味でも峠道をどうする、というクルマでは無いのは間違いない。

ブレーキは片押しタイプでフロントにはアルミ製を使用していて、これは535iと同じものに見えるが、グランクーペは黒い塗装が施されている(写真49)。この黒いキャリパーというのは先代M5から使われだした覚えがあるが、ハッキリ言ってM5だったらば対向ピストンを使うべきでしょう、なんて言いたくなる。まあ、世間のM5オーナー様達も同じ不満を持っていたようで、流石にBMWも重い腰を上げて現行モデルではブレンボ製のアルミ対向ピストンを使用した。ただし、フロントだけでリアには相変わらずショボい片押しキャリパーを使用している。勿論負荷の少ないリアだから性能上は問題ないとはいえ、千五百万円も出すのだから、見かけとかステイタスも考えてほしいものだ。

それで、実際のブレーキの効きはといえば、これは例によってBMWらしく軽い踏力で良く効くが、気のせいか以前のような軽すぎる傾向が少し減ったようにも感じる。


写真48
M Sportの標準はフロントに8.5J×19ホイール+245/40R19タイヤ、リアに9J×19ホイール+275/35R19タイヤ。


写真49
ブレーキキャリパーは535iと共通と思われれる片押しタイプだが、グランクーペは旧M5のように黒く塗装されている。

プラットフォームは5シリーズと共通で、エンジンは多少チューンナップが違うとはいえ車検証に記載されるエンジン型式は全く同じ。内装は異なるが、オーディオやエアコンなどのユニットも同じ。結局グランクーペの5シリーズセダンに対するアドバンテージは”カッコが良いこと”だけ。 そして、その代償は価格が150万円程高く、天井が低いので特に後席のヘッドクリアランスは最小であり、重量は約40kg重いので燃費(JC08 12.4:13.0q/L)でも劣る。

とはいえ、このクラスのクルマは大いなる趣向性を求めるユーザーだっているから、150万円高かろうが大きなお世話だ。どうせ儲けすぎて余った経費で買うんだから、150万円くらいどうでもいい。いや、税金対策として高いほうが有難いくらいだ。な~んていう、サラリーマンからは想像も付かない買い方をすることも事実だから、確かに余計なお世話だ。とはいえ、この2車種をもう少し徹底して比較するのも面白そうだ。そこで例によって

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