SUBARU BRZ S 6MT (2012/4) 後編


物凄く軽いクラッチペダルを踏んでセンタークラスターにあるスタートボタン(写真21)を押すとエンジンが始動し、メーター内の警告灯が10秒くらい全て点灯する。アイドリングで既にボッボッボッというかビリビリというか、とにかく普段乗っているセダンとは異次元の高性能車に乗っているんだ、という雰囲気を演出しているようで、これは中々上手い。ミッションを1速に 入れて軽いクラッチをミートすると、自分の車よりも手前にミートポイントがあるので、最初は半クラッチの位置かと思ってもクルマは動き出さず、そこからユックリと手前に戻すと結構スパッと繋がった。 これはヴィッツRSのMTみたいにい誰がやっても簡単にミートできるというほど易しくは無いが、さりとて、当りの付いていないケイマンのように、相当なベテランでも慣れるまでは(慣れてもチョッと負荷がかかると)絶対にエンストをやってしまう、というほど難しくも無い。これも恐らく、相当な議論の末に決定された特性なのだろう。 なお、試乗したSでは見かけの良いアルミペダルが標準で付いていた(写真22)し、シフトノブやパーキングブレーキレバーは本皮で赤いステッチが入っていた(写真23)。
 


写真 21
スタートボタンはセンタークラスターのエアコンパネル右下にある。この位置も拘りの一つらしい。
 

 


写真 22
試乗車は上級グレードのSであるために、ペダルはアルミの高そうなヤツが付いていた。
 

 


写真 23-1
Sグレードではシフトノブやブーツ、パーキングブレーキレバーなどに本皮とレッドステッチが使用されている。
 

 


写真 23-2
ATも基本デザインはMTと同じで、ベースにあるセレクター表示が無ければMTと間違いそうだ。
 

 

駐車場の前の公道は上手い具合にクルマの切れ目だったので、すんなりと本線に入るが、この時 にフルステアしたステアリングは結句軽いのを認識する。そして直ぐにまたクルマの全くいない脇道入ったら、その割には道幅は結構広いという有り難い状況だったので、もう早速2速から2/3スロットル程度で加速してみると、ビーンッという甲高い排気音と共に加速して、これは正しくスポーツカーだ、という雰囲気満点となる。 実際にBRZの排気音は、常に甲高い音を発していて、なるほど普通のクルマで無いという演出が、人によってはちょっとしつこいと感じるかもしれない。 なお、BRZの排気音は水平対向エンジンといえば直ぐに想像する例のボロボロという音とは違い、ちょうどポルシェGT3を彷彿させるような音だ、なんて言うと、GT3のオーナーからBRZなんかと一緒にするな!と怒られるだろうし、こんな事を書くと今度は逆にスバリストが怒り狂うし、もう如何したら良いのやら? と、煽っておいてアクセスを稼ごうという魂胆が見得見えだったかな?
 


写真 24
中央に大径の回転計を配し、左には幾分小径の速度計というレイアウトも、正面にデジタル速度計を組み込む手法もボクスター/ケイマンと同じ。
 

 


写真 25
オンボードコンピューターの表示も最小限として、スポーツ性を高めている?
 

 

クルマにも慣れてきたので今度は信号待ちからのスタートでフルスロットルを踏んでみる。このエンジンは4,000rpmを過ぎてからは特別に官能的な排気音を出すよう な仕組みがあるそうだが、スタート直後から例のビーンッという音が聞こえているので、途中で大きく音質が変わったとは感じなかった。そして、そのまま7,000rpmまで正に快感〜んっ、と言いたくなるような音で滑らかに回っていく。ここで、2速にシフトアップすると、回転計の針は 約4,000rpm、速度は50km/hで、そこからまた加速に入って、ふと正面のデジタル速度計を見ると、あっ、やばっ! という訳で3速にシフトアップしてから逆にチョッと減速してから巡航に入る。

今時MT車を選ぶというのは、そのフィーリングを楽しみたいからであり、逆にフィーリングの悪いMTなんていうのは何の意味も持たないことになる。それではBRZの6速ミッションはといえば、ストロークは短い部類に入るが、その分だけ操作力は多少必要で、走行 1,000kmの下ろしたてということもあるが、多少引っかかるような感じがあり、それも硬いゴムが操作を邪魔するような感じだ。それでも、多少力任せにガッと操作すれば結構素早いシフトが可能となる。そこで話はフル加速に戻って、1速で7,000rpmまで回したらスパッ とクラッチを切ると同時にシフトレバーをグイッと一気に手前に引くと、例の引っかかりも気にならずに結構迅速なシフトアップが出来た。そこで、今度は2から3速へのシフトアップとなるが、この場合は前に押して、一度ニュートラルで右に寄せてから前に入れることになるが、この時の右への移動が思いの他少なかったために、最初はチョイと引っかかったりしたが、1速が 意外に左寄りで、右への移動も極少ないことに気が付けば、これまた迅速なシフトアップが可能となる。クルマによっては、2速から斜め右前に一気に押すとスパッと3速に入るものもあるのだが、BRZの場合、慣れていないこともあるが、斜め前への一気シフトは上手くいかなかった。

今度はシフトダウンをやってみよう。今時わざわざMTを選ぶからにはシフトダウンの回転数を合わせてスパッと繋いでもショックを感じないくらいのことをやりたい訳で、そのためにはエンジンをブリッピングさせたときのレスポンスには大いに興味がある。3速で巡航中に 30km/h、1,500rpmまで落ちたところで2速に素早くシフトダウンする瞬間にスロットルを煽って一瞬のブリッピングをしてみると、エンジンは素早いレスポンスでウォンッという音と共に、正面の回転計がビュンと振れたのが視界にはいる。これがトロイと、MTに乗る意義が無くなってしまうが、BRZの水平対向エンジンは流石に良いタイミングで吹け上がった。そして、クラッチをスパッと繋いだ一瞬後には、殆どショックもなくエンジンは 2,500rpmで加速体制に入った。う〜ん、良いねえ、このエンジン!
 

写真 26
スバル得意の2.0L 水平対向4気筒エンジンは、トヨタの直噴D‐4技術とともに、このクルマの要となっている。このエンジンのお陰で車両の重心高は460mmという低さを実現している。
また、エンジンはフロントミッドシップにマウントされてることで、車両の前後静的重量配分は53:47を実現している。
 


写真 27
ブレーキはオーソドックスなバキュームサーボ方式であることが判る。
 

 


写真 28
エンジンの中央トップカバーにはスバルとトヨタのコラボレーションを強調するロゴが見える。
 

 

エンジンのフィーリングがわざとらしいくらいに過激だったが、それでは操舵性はどうだろか。最初に駐車場から公道に出る場面でのフルステアでは思いの他操舵力は軽く感じたが、走り出すと特に軽 過ぎるということはない。しかし、中心付近から実にクリックで、勿論不感帯なんて殆ど感じない。そのために、コーナーリング中にチョッとラフにステアリングを動かすと車はピクッ、ピクッと反応して、いわゆる多角形のコーナーリングとなってしまうほどだ。まあ、これはエンジン音 (の味付け)を聞いた時に既に(BRZのコンセプトを)想像は出来たが、BRZは今時のクルマとしては例外的に過激な味付けといえる。そして、いよいよコーナーの連続する場面にさしかかった。 ここでギアは3速に入れて50km/hくらいで進入してみたが全く余裕のコーナーリングで、勿論アンダーステアも極々僅かだった。今度はコーナーの後半で直線になる少し前からアクセルを少し踏み込んでみた らキッチリとトラクションが掛かっている様子だったが、あまり調子に乗るとトリッキーな挙動が出そうな前兆も感じたので、今回は程々で止めておいた。試乗車は上級 モデルのSであるために、後ほど調べたら標準でトルセンLSDが装着されていたので、成る程、あの挙動はLSDが原因のひとつだったようだ。 BRZのエンジン特性とコーナーリング特性は、決して物凄い高性能というのではないが、とに角スポーティーなフィーリングに満ち溢れていて、日本の交通事情からすれば、これでも高性能過ぎるくらい で実に良いところを突いている。

試乗も最終段階に入ったところで国道の巡航をやってみた。ここでの興味はどの程度まで回転数を下げて再加速できるかということで、まずは30km/h、3速1,600rpmから4速にシフトアップすると、回転計の針は1,300rpmまで下がってしまう。ここから、ユックリとアクセルペダルを踏んでみると、ノッキングの兆候は全く無く、緩慢ではあるが加速していく。自然吸気2Lで200ps、すなわちリッターあたり100psというハイチューンエンジンといえば、一昔前なら2,000rpm以下では加速どころかエンジンがカブってエンストする危険性すらあった訳で、それを考えれば1,300rpmから加速できるなんていうのは時代の進歩としか言いようが無い。

次に乗り心地だが、これは当然ながら固いし、路面の段差などは一瞬ガツンっという突き上げがある。しかし、出来の良い欧州車同様で決して不快ではないのはボディの剛性感が極めて 高いからだろう。実際に乗っていて感じるボティ のガチガチ感は、国産車としてはトップクラスだ。この乗り心地の固さは、現在のクルマとしては固い部類に入るPASMの付いていないポルシェ ケイマンSやカレラに近いものがある。要するに街中で許容できるギリギリの固さというところか。

ブレーキは喰い付き感はなく踏力は重めでストロークは短いが、踏めば踏んだだけのブレーキ力が得られるから、言ってみればスポーツ嗜好のリニアな特性の訳で、走行中にちょっと減速する場合でも、ブレーキペダルに軽く足を載せたくらいでは速度は落ちないので、緩い減速でも多少ペダルを踏むことが必要となり、この特性 もまたポルシェに似ている。要するにクルマに興味のないドライバーからすれば 「何だっ、この効かないブレーキは!?」ということになるから、その面でもクルマが好きでないドライバー、というか見栄でスポーツタイプが欲しいというドライバーには 勧められない。まあ今時BRZでは見栄も張れないが。
 


写真29
低い着座姿勢の割には前方視界は悪くない。ボンネットの峰も認識できる。
 

 


写真30
後方視界の充分な確保と、前方視界の遮断防止のためにルームミラーはフレームレスとされた。
 

 


写真31
試乗車は上級の”S”のために215/45R17タイヤと17×7Jホイールが装備されている。
 

 


写真32
ブレーキはフロントに鋳物の片押しとはいえ2ポットタイプが使用されている。リアはシングルポットの片押しだが、シリンダーハウジングはアルミ製となっている。
なお、ディスクローターは前後ともベンチレッテッドタイプを使用している。
 

 

このところ、スイフトスポーツやCX‐5など、出来の良いクルマが目白押しで、試乗結果も辛口どころかベタ褒が続いてしまったが、このBRZはそれらを遥かに超える出来の良さだった。しかし、BRZの上級モデルとはいえ試乗車は300万円以下のクルマなのだが、ついつい価格帯を忘れてしまい、ポルシェ、それも911などと比較して無理な要求をしてしまうのも、BRZ(86)の実力ゆえのハンディとも思える。まあナンダカンダ言っても、BRZはクルマ好きには勧められるし、今時この手のクルマは世界中探しても他に存在しないのだから、気に入れば買うのが一番!それにしても、マニアにとっては良い選択肢が出来た ものだし、口だけマニアにも論争のネタが出来た訳で、何れにしても目出度いことだ。

BRZの試乗記は価格帯から考えると簡易試乗記の範疇かもしれないが、世の中の注目度も考えて本編の試乗記にしようかなどと悩んでいたのだが、乗った瞬間に 、これぁ本編っきゃないだろう、ということになった。ところで、今回のBRZはSグレードということで、それならその下のRグレードはどうなんだろう、とか、ATでも楽しめるのだろうか、とか、トヨタブランドの86とは違うのか等等、知りたい事は逆に増えてしまった。